親衛隊長と最凶。


可愛がるられているうちは、けして面倒なものじゃない。
そういったのは、可愛がられているご本人の時田様だった。
お気に入りのペットを大事にするように大事にされているよと言ったのも、時田様だった。
時田様をペットにしてしまったのは、園美奈津緒(そのみなつお)様。
元生徒会会計をされていた方で、ご卒業されて、もう随分経つ。
園美様が時田様を目に入れてもいいくらい可愛がったのは、時田様が中学生の頃。ご卒業されてからも時田様と会ってはおられたのだが、こうして学園にくるのは実に四年ぶりのことだ。
園美様が教職免許をとるだなんて思ってもみなかった時田様は、それでも驚くことなく園美様にいつもどおり笑って、甘えておられた。
時田様は甘え上手だ。どの程度甘えていいか、どの程度絡んでいいか、引き際も心得ている。
だからこそ園美様も時田様を可愛がったのだと思う。
甘やかしてくれる人間には甘え、からがいのある人間はからかう。これ以上となく自分の楽しいように生きていける。それが時田様の信条だった。
その時田様の信条を簡単に変えてしまったのが上条様だ。
それが園美様は気に入らないらしい。
信条を変えさせたということよりも、自分よりも優先するものが上条様であったということが気に入らないように見えた。
可愛い可愛い後輩が盗られちゃった。と茶化して言った園美様の目は、笑っておらず、なにかよからぬ予感がしたものだ。
これを上条様にお知らせするべきか、せざるべきか。
悩んでいたのだけれど、上条様は園美様のことをご存知のようで、ポツリとこうおっしゃられていたようです。
「面倒くさそうなのが来たな…」
これは、親衛隊員の一人が偶然聞いた独り言。
上条様のおっしゃる通り、園美様は実に厄介な…上条様風にいうと『面倒』な方でした。
昔から、時田様と一緒になって進んで愉快犯となられる方で、時田様と違うのはその手口が非常に病んでいることで有名でした。
時田様はというと、楽しむのですが、すっぱりと切って捨てるし、引き際を心得た方ですから、切り際とでもいいましょうか。それすらもよく心得ていました。
園美様のやるように、人を追い込むまでに病ませる手口を使ったりはしないのです。
俺達親衛隊は、時田様の様子は残ることなく見ているつもりですから、時田様がどのような手口を好むか、どのような手口を使ったかということをよく知っているつもりです。
だからこそ、一緒にいた園美様について、上条様以上に危惧を覚えていました。
上条様は確かに面倒臭がりで、なんだか色々心配になってしまうのですが、時田様を可愛がっているのも明白ですし、なにより、割とちゃんとした大人であるようにみえます。
しかし、園美様は、いくら大学生で社会人ではないからといえど、その精神は癇癪持ちの子供のようにも見え、非常に不安定な精神をなんとかギリギリ保っているようにも見えるのです。傍にいるだけで、安らぎとは程遠い場所にいるように見えたのです。
余計なお世話なのですが、俺達は時田様の幸せを心より願っています。それは、時田様が選ぶもので、俺達が決めるものではないと、十分存じています。けれど、どうしても彼の人が今のままで時田様の近くにあることを良しと思えませんでした。
それというのも、彼は教育実習生としてこの学園にやってきて2日ほどで、上条様の周りを荒らし始めたのです。
まずはなんだかんだと時田様を上条様から遠ざけました。
これは、お気に入りが離れていくのを嫌がっていると思える行動であり、時田様も二週間ほどのことだと我慢する体制でいらっしゃいました。
悲しいことに、時田様は上条様に二週間放置されることは初めてではなかったため、我慢できると踏んだのだと思います。
上条様も面倒事に関わるより、二週間ほどあとで時田様を構うことに決めたようで、何一つ変わらぬ日常をお送りなっていました。
この方法は違うと気がついた園美様は、すぐさま手を変えてきました。
一時期、非常に迷惑がられた転校生をあの手この手で上条様に仕向けたのです。
ですが、こちらも残念ながら、上条様も転校生に慣れてしまっておいでで、簡単に無視を決め込みました。その無視徹底ぶりに誰もが感嘆のため息をついたほどです。
それでは、これはどうだろうと、園美様は上条様と親交の深い用務課の人間をどうにかしようとしたようですが、これも失敗に終わりました。
用務課には鉄の結束があったのです。上条様に恩や尊敬があり、何かと足を引っ張ることはしようとしなかったわけです。
それでも、園美様は更に手を打ってきました。園美様はこの学園の卒業生である通り、かなりの家格をお持ちの方です。用務課の人間を総替えできるほどの権力をお持ちでした。
しかしながら、こちらも無理でした。
用務課整備班班長である上条様の下僕…舎弟……お知り合いである理事長がいらっしゃったからです。理事長は園美様よりもさらに素晴らしい家格をお持ちなので、園美家の角が立たないように綺麗にそのお話をなかったことにしてしまいました。
園美様も家長となるべく育てられた方です。そう言ったことの引き際はよく心得ていらっしゃいました。すぐに手をひかれました。
けれど、園美様は諦めませんでした。いえ、諦めなかったというより、園美様にはまだたくさん手があったのでしょう。
ここまでも手数は多かったように思うのですが、それでも、園美様はまだたくさんの手をもっていたのです。
その手は学園の内部ではなく、外部に及んでいました。
俺達は学園の内部ばかり見ていたので、ある時を堺に、日に日に苛立っていく上条様に、首をかしげるばかりでした。
その日に日に苛立っていく上条様を一番見ていたのは、やはり時田様でした。
時田様は上条様の苛立ちに、それ以上の苛立ちを感じていたのです。
上条様の敵は時田様の敵。
表面上ではニコニコと笑っていながら、時田様はありとあらゆることをお調べになりました。
すぐに時田様は、上条様に起こっていることを調べ上げたのです。
「園美先輩といえど、許しゃしませんから」
ふわっと笑ったその顔の恐ろしいこと。
時田様はその日、園美様の崇め奉られた顔に傷をつけました。
見事な青タンで、甘いマスクも台無し。
止めに入った糸杉様まで保健室のお世話になりました。
その日のうちに時田様は停学処分を受け、それ以来園美様にお会いになっていません。
そう、その気になれば時田様は園美様を完全に避けることができたのです。
俺達は相変わらず時田様を思って右往左往するばかりで、悔しく思っていたのですが、時田様がひょっこり現れて俺達に使命を与えてくださいました。
「ちょっとお外にいってくるし、俺の代わりしてくれひんかな?」
一応、時田様は停学で、寮で謹慎されていることになっていて、それを風紀委員または教師が確認することになっています。
俺達に時田様の代わりをするように、そうおっしゃってくださったのです。
それはいいことではないのですが、俺達にとっては、時田様のため、いえ、…友達の助けをしているようで、少し、誇らしく思ったのです。
いえ、もちろん、いけないことなのですが。




next/ 最凶top