番長と最凶。


「やっぱ、間違えたと思う?」
俺もあまり見たことのないような顔で尋ねてきた友人に、俺はいつもどおりため息をついた。
「少しやりすぎた、とは思う」
「やっぱり?」
教育実習生が来た。
園美奈津緒と糸杉健人(いとすぎはやと)といって、両方とも数年前に卒業していった、俺達の先輩だ。
年も離れているし、俺にはあまり縁がなかったのだが、園美先輩は中学の時から何かと目立った友人に目をつけた。
園美先輩はなにかと友人を猫っ可愛がりしたのだ。
園美先輩と友人は気があったこともあり、仲が良かった。
園美先輩は友人をペットのように可愛がり、友人は園美先輩に都合よく甘える気まぐれな人間として傍にいた。
気がつけば一緒にいることの多い友人と俺は、当時も同じスタンスで、園美先輩と糸杉先輩と顔を合わせることもあった。
まるで交代のように、俺と園美先輩の間を友人が行き来するので、親しくなることはなかったのだが、今回のことで親しくなることは一生ないだろうと思われる。
「けど、あれくらいがお前らしい」
苦笑すると、張り詰めた様子であった友人がいつもどおり笑った。
「やよねぇ?あの人は敵にすると面倒やから、適当に甘えとったんやけど…ヒサヤさんが」
連日の上条さんの様子を思い出したのだろう。
友人は、めったに見せない険しい表情をした。
友人の一番は、良くも悪くも上条久弥だ。
次第に苛立つ上条さんに、友人がブチ切れた。
上条さんが苛立つこと自体が珍しいし、その上条さんとも連絡すらままならず、更には苛立つ原因を知り、友人は先輩方を殴った。
しかし、友人は手加減したほうだ。
停学程度に留めたのだから。
友人は愉快犯であるが、可愛がってくれた人間に簡単に暴力を振るうほど手が早いわけではないし、義心のないわけでもない。
それは園美先輩のことでもあるし、上条さんの仲間にも言えることだ。
上条さんの恋人ということや、俺達がたまり場にしているマスターと親しいということもあり、友人は彼らに可愛がられていたのだ。
園美先輩は、学園内では目的が果たせないと思うとすぐに彼らに手をだした。
可愛がってくれた彼らは伝説のチームメンバーというだけあって強かであったし、メンバーの中には理事長や理事長以上もしくは同等の権力を持つ人間もおり、園美先輩のやることなすことは面倒だが何かいうほどではなかったのだ。
彼らが面白がって吹聴するので、むしろ園美先輩が割を食ったに違いない。
だが、上条さんの機嫌は治ることがなかった。
おもしろがって吹聴された内容に友人が憤りを感じることはあっても、上条さんが憤ることはない。
上条さんの機嫌が下降する一方なのは、おそらく、園美先輩を撃退したメンバー以外にある。
上条さんは自らの素性を隠しているわけではないが、特に語るわけでもない。友人にとって、上条さんの傍にいられるなら上条さんの身の上など関係ないことだったし、友人も上条さんと一緒にいることで精一杯だったのだろう。
だから、知らなかったのだ。
上条さんのご両親が駆け落ちをして一緒になっており、さらにそのご両親は駆け落ちまでしたのに離婚したあと息子をどこかに預け、消息を断ち、骨となって帰ってきていることなど知る由もなかったのだ。
しかもそのご両親ともにそれなりに金持ちの家の子供であったことなどついぞ知らなかった。
上条さんはそのことも知っていて、縁を切られた人間であるからと、その両一族を無視していたらしい。
その両一族が上条さんを今になって、必要としているらしい。
上条さんはフラフラしていた時にありとあらゆる場所で伝説を残しており、少し調べればその伝説から上条さんの優秀さを知ることができる。
優秀な跡取りが欲しい両一族は、上条さんを探したのだが、上条さんの行方はようとして知れなかった。
それは、上条さんが預けられた先、上条家の家長の仕業だ。
上条家の家長は上条さんの母の顔見知りで、彼女が頼れたのは彼くらいだったのだ。
しかし、顔見知り程度の女の息子の世話をみてくれるほど、彼は彼女を好きでもなかった。
だから、彼女は彼に頼むことはなかった。彼女は息子を彼の家のそばで待っているように言ったのだ。上条さんは預けられたことになっているのだが、軒下に捨てられたといって相違ない。
軒下に捨てられた子供は、すでに小学校に上がっており、捨てられたその日の天候が悪くなければ、先に警察に発見され、保護されていたことだろう。
そんな上条さんを保護したのは、上条家の家長だった。
家長といっても、上条家も上条さん同様、家族というものに縁が薄い一族だった。すでに、他の家族もいない一人暮らしの男が家長だった。
ここまでは、上条さんの元チームメンバーである人々が教えてくれたのだが、さすがにどうして上条さんが引き取られたとか仲がどうであったかは聞いていない。
そんなこんなで、上条さんの情報を園美さんが与えたことで、上条さんのご両親の一族がやたらと上条さんに絡んでいるらしい。
それがきっと、面倒でイライラしているのではないかと、俺は推測しているのだが、友人はそれも違うとおもっているようだ。
「ちょっとの間、謹慎ついでに学園でるよって、親衛隊に身代わりまかしてもうたから、フォローよろしうな?」
謹慎の間、上条さんの苛立ちを調べ排除するつもりなのだろう。
それは恐らく、上条さんにとって余計なお世話だ。
「わかった。だが…」
「わかっとうよー上条さんにとっちゃ、余計なお世話なんやろけど。でも、余計なお世話して怒る人でもないのも確かや。やったらほら…俺の好きなようにしときたいやん?」
楽しそうに笑った友人は、心底イキイキしているようにも見えた。
結局上条さんよりイライラしていたのは、何を隠そう友人…カナメなのだ。
「そうか。じゃあ、いってらっしゃい」
俺はいつもどおりため息をついた。
何事もなく終わる…ことはないだろうが、少しでも平穏で終わることを願いたい。




next/ 最凶top