出世頭と最凶。


「うわ…」
思わず呟いてしまうくらいには、その部屋は煙で充満していた。
タバコを吸うのは俺の恋人ではない。
俺の恋人のツレであるヒサさんだ。
「まったく、最近のガキはよからんことを考えてくれる」
イライラしているのはどうやらヒサさんだけでなく、俺の恋人も同様なようだ。
最近のガキというのが、成人して二年ほどたった立派な成人男性で、俺についている実習生であることを知っている俺は、視線をゆっくりとさまよわせる。
煙がどんどん天井へと溜まっていく様子をたどるにはちょうどいい。
そう思えば、この部屋は換気されていないのではないのだろうか。
思い至り、俺は窓を開け、換気扇をつけにいく。
…行こうとしたのだが、恋人により止められた。
「お前、アレのイライラした面拝んで平静でいられるか?」
視界が悪いながらちゃんと拝めるヒサさんの面を見て、身震いしたあと、首を横にふる。
「この状態でも無理だ」
「だろう?あのガキ、人の恋人と同じ職場というだけでなく担当についてもらった挙句迷惑かけて、しかも残業増やしてくれて、挙句、俺をクビにしようとした上に、ヒサをあの状態だぞ。クソでしかねぇわ」
人の恋人と同じ職場云々は、ただの八つ当たりなのだが、恋人をクビにしようとしたのは初耳だった。
それはちょっと困るどころか、大いに困る。
「俺の食が貧しくなる…」
「てめぇもそういう見方だよナァ?ちょぉおっと、躾がたりねぇのかねぇ」
楽しそうに笑っている様子から見て、大変な目に合うことは理解できるのだが、俺は恋人のそんなところが好きである。
一瞬、期待と絶望が入り混じった微妙な感情が浮上したが、携帯の着信音が響いたあと温度が下がった部屋で、思わず恋人が俺を止めるために掴んでくれていた手をとって握りしめてしまった。
「誰だよ、あの鬼畜怒らせる剛毅な野郎は…」
「それは、さっきからクソ扱いしてるガキだろ…」
タバコを口にくわえたまま、唇の隙間から息を大量に吐くと、ヒサさんはようやくタバコを口から離し、灰皿だろうものにタバコを押し付け、立ち上がった。
「ちょっと行ってくる。クソガキとそのツレ、確保するように連絡しとけ」
「オッケー。俺の分も痛めつけてくれ」
「了解」
その時のヒサさんの悪い顔といったら…。
イキイキしていた。
「さて、連絡終わったらお前は、俺と楽しい夜を過ごそうなぁ?」
こちらもイキイキとしていた。逃げたい気持ちがぐっと胃のあたりからセリ上がってくる。
「逃げんなよ」
俺のことなんざお見通しか…。




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