「君もさ、教育実習の時くらい大人しくしようと思わなかったの?」
普通に考えると、学校側からしても迷惑なだけの行為だ。
教育者になろうという気がないのは、本人の態度でよくわかっている。一応資格を取っておくという人間も少なくない職種だ。そんなことも、よくある。
きっかけはなんであれ、いい教師になるかどうかはまた別であるのも確かで、実習後にがらっと変わってしまう人もいる。
今回の場合も、確かに人が変わってしまうような出来事であったと思う。
園美くんは、当校に在籍していた頃から、実にいけ好かない生徒だった。
あまりに放任がすぎるため、大人の介入が必要だなと感じて手をいれたくらい、本当にいけ好かなかった。
うちの甥すらまけてしまうと思ったほどだ。
それがどうだ。
ヒサヤさんの逆鱗に触れて、ヒサヤさんにボコられて、借りてきた猫もビックリするくらい大人しく俺の前で、小さくなって立っている。
そして、学校関係者でありながらためらうことなく、園美くんをボコリ、挙句泣かせたヒサヤさんは、さすがヒサヤさん!と称えたいのとは別な、ちゃんとした理由で停職どころか退職を迫られている。
教育実習生は、学校に実習をしにきているのだが、こちらとしてはお預かりしている立場にある。
お預かりしている他校の生徒、もしくは、ご令息を痛めつけたとあっては、誰が黙っていても、経営者であり、教育者の端くれであるこちらとしては処分は当然のことだ。その上、立派な犯罪行為であるし、教育的指導では済まされないほどの怪我をさせた。誰が家の権力をふるっても、あれほど自由に振る舞い、家の権力を使っていた園美くんが、家を抑えていても、さすがに停職などはどうしようもない。
「今度のことで反省した?ヒサヤさんは極端な例ではあるけれど、あの人はあれでまだ手加減が出来る人だし、自分のことをどうでもいいと思っていないからましだったけれど、君じゃなくて糸杉くんが後ろから刺される場合もあるんだからね」
糸杉という名前が出たときに、園美くんの身体が震えた。
園美くんをためらうことなくボコったヒサヤさんであったが、それを止めに入った糸杉くんをニタリと笑ってこれも迷わずボコったのだ。
そのボコリようといったら、園美くんはこうして理事長室にいるが、糸杉くんは病院にいるということで察することができる。
ヒサヤさんは、園美くんがどれだけ自分に悪意が向こうと平気であることを知っていた。そして、まわりに被害があっても気にしないことも。ただ、糸杉くんだけは別だということも、よく知っていたようだ。
園美くんすら自覚していなかったのに。
「あの人は刑務所にいくのも辞さずに暴力を振るったけれど、別の人を送ったり、ないことにしたり、飛ばしたりして…あの人はずっとここに居ることができる。君は今日知ったみたいだけど、そういう人の養子なんだよ、ヒサヤさんは」
ヒサヤさんの養父である上条さんは、家族に縁の薄い人だった。
けれど、上条さんのご両親がご不在であったというだけで、彼の親戚、彼の仕事はそうそうたるものがあった。
上条さんだけが暮らす別邸で、そのそうそうたるご親戚やお仕事に関わることなく過ごしていたヒサヤさんは、上条さんがなくなる前に、それを知った。
上条さん自体が隠し子であったこともあって、上条の名を冠するヒサヤさんは上条さんのお仕事と関係ない位置にいた。
まるで面倒事から逃げるように、ヒサヤさんはフラフラと色々な職業を転々とした。そんなヒサヤさんを見てか、上条さんの願いなのか、上条さんの家も、ヒサヤさんをどうこうしようとはしていなかった。
だが、上条さんはヒサヤさんを可愛がっていたというのは事実で、もし、本当に何かあった場合、交換条件で、ヒサヤさんは、園美くんに告げたようなことができるようになっている。
交換条件というのは、その手段を使ったのなら、大人しく上条さんのお家の仕事をすることだ。
ヒサヤさんの苗字、上条というのは神城(かんじょう)の隠し名だ。
神城は、この学園の生徒すら触れることを恐る家だ。
あの家の手を笑って取れるのは、現会長の家と、現風紀委員長の家くらいのものだ。
ヒサヤさんがその家の権力を使わなくても、背景を知ってしまったら手を出しにくくなるのも、恐ることも当然のことである。
「じゃあ、そんなわけだから、一応教育実習期間も終わりだし、反省文書いて、明日はちゃんと挨拶をして帰ってね」
始終無言で通した園美くんは、挨拶という言葉に、色々と含まれていたのを感じ取っているようだった。
また、身体を小さく震わせた。
今は、きっと、ヒサヤさんの家どうとかではなく、ヒサヤさん自身がこわいのだろう。
あの人は、そういう人だ。