最凶の恋人。


大抵のことは面倒くさいと思って終わる。
しかし、時々、面倒くさいという枠にとどまらないことがある。
好例が仕事であり、現在の恋人。
悪例が今回のことだ。
最初は周りでハエが飛んで煩いな、面倒くさいなと思っていった。
しかし、一匹二匹がとんでいたところで手を払えばそれで済むことであるし、そこまで思い煩わなくてもいつか離れてくれるものである。気にすることではない。
俺が退職させられようと、俺のまわりを攻めようと、まだ手があるのだから、やはり煩いなで終わる。
煩いなが苛つくなになったのは、生みの父母の実家から俺に執拗な打診があってからだ。
最初のうちは家に属することを断れば、悪態をつくだけだった連中は、俺がうんともすんとも言わないから、次第に俺の周りへの悪口をたたきはじめた。
その中でいくつか、腹が立つことがあった。
言われた本人は緩く笑うだけで気にしないだろうことなのだが、俺には腹立たしいことだった。
だが、それは特に何かをするほどのことではない。
苛立つが、そう、それこそ本人はゆるく笑うような出来事なのだから、気にはなるが、気にしたところで詮無いことである。
決定的に苛立ったのは、それを父母の親類に聞いて噂話を流したり、俺に遠まわしに言ってきたことだ。
それも、少しくらいなら、腹が立ったというだけで終わらせるのだが、それが続くと、俺も苛立ちを発散したくなる。
「残念だな、どこの馬の骨ともしれない育ての親が、特上の物件で」
俺の養父は、隠し子…愛人の子であったが、上条…神城本家で非常に可愛がられた人だった。
可愛がられたがゆえに、認知もされず、普通の人生を望まれた養父は、それでも神城に属した。理由は簡単だ、神城の仕事が性にあっていたからだ。
そんな養父も、随分前に他界した。
なくなる前に、養父が上条ではなく神城であるということを教えてくれ、どうするかを尋ねられた。俺は、上条であることを望んだ。
いつか、神城に欲されたときは、神城の仕事をするのも厭わないが、俺くらいの人材で神城がどうこうなるわけでもない。神城は可愛がった養父の遺言どおり、俺を放ってくれている。
「なん…なんで」
クソガキをかばって地面に倒れているクソガキのお守りの腕を思い切り踏み抜く。
鈍い音が響いた。
「いとすぎは…関係ない…っ」
ちょっと殴られた程度ではクソガキがお守りを心配したり、真っ青になったりはしなかっただろう。
人は大勢いるのに、誰ひとり助けてくれない場所でクソガキが焦った。
俺は既に、お守りの指の骨も折っていた。
「そうだな、関係ない。でも、お前はそんな顔をするだろう?俺の胸がすく。しかも、ストレスも発散できる、いいことづくめだ」
俺は、人格者ではない。できた人間ではない。
ただ面倒だというだけで、まったく関係のない人物に八つ当たりをするのも厭わない。
地面に転がって、絶望の眼差しで見てくるクソガキが可愛くて仕方ない。
さて、もう一本折ろうかなと、いう段になって、俺の足を止める足があった。
いつもならその役は、幼馴染が買って出るのだが、今は、その幼馴染もいない。
「流石にこれは、もうあかんでしょ、ヒサヤさん」
面倒くさいの枠を超える好例である恋人の時田枢だった。
「どけ」
「や、あれですよ。あかんて、ヒサヤさん」
「どけ」
俺の表情に、少しびくりと身を震わせたが、それでも時田は足を引っ込めることはなかった。
その代わり、ただ、苦笑した。
「さすがに、これを助けんほど、先輩方のこと嫌いやないんで…」
「そうか」
俺はその苦笑に向けて笑った。
恋人の邪魔な足を蹴り上げる。
すっかり呻くことしかできないお守役を蹴って避けると、俺は一歩踏み出す。
「めっちゃ怖いわぁ……お手柔らかに、たのんます」
八つ当たりの対象が、自分に移ったことを感じたのだろう。
恋人はそう言って身構えた。
「そう思えば、余計なこともしてくれたんだって?」
時田が俺のまわりを調べ、なるべく俺のストレスを軽減しようとしていたことも知っている。時田の家の力で、生みの父母の親戚連中が真っ青になって、右往左往している様子はたいへん面白かった。
それでもストレスはあまり軽減しなかった。
そして、ストレスは発散された。
その日の夜は、とてもとても、楽しかった。




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