ビスケット!



その日俺は菓子を食べていた。
ボリボリばりばり人気の少ない昼間の校舎裏。
ストローの付いた紅茶という名のジュースパック。
ストローを口に含み、ぼんやりジュースを一口二口。
そいつはそんな閑かで寂しい午後、俺の目の前に飛び込んできた。
泣きながら。
目が合って、そいつと俺は目を見開いてはっとする。
どちらも動けない。どちらも動くことができない。
俺からすると顔見知りがいきなり泣きながら走ってきたわけで。
そいつからしたら泣いているのを見られたのも嫌だろうに、顔見知りがこんなところで1人で、友達いないの丸出しで座り込んで菓子くってるなんて、そりゃあ驚くだろう。
驚いたせいか、そいつの涙が止まって、ああ、まぁ、それはよかったんじゃねぇの。
俺は仕方なく、ジュースパックを片手に挨拶するしかない。
「よぉ」
「……おう」
気まずい。
気まずすぎる沈黙。
今すぐどこか穴に入りたい。
居たたまれないというか恥ずかしいというか。
どうにかしてほしい。
そいつは何を思ったのか俺の隣に座って、ぽつり一言。
「疲れた」
なるほど。
ある日のこと。
そいつは不運に見舞われた。
アレよアレよと仕事仲間が減って、結果的に1人で作業作業の何週間目だ。
やたら優秀ってのは問題あるな。
「あー…っと、お疲れ」
思わず頭も撫でたくなるというものだ。
うなだれていたのだが、がばっと顔を上げ、再びボロボロ泣き出した。
ヤバイ泣かせた?俺、泣かせた?
俺は狼狽えた。
泣くなんて思ってなかった。つうか泣きすぎだろ畜生!と思った。
狼狽えすぎて、俺はとりあえずビックリすりゃまた泣き止むと思った。
「ポケットの中には」
「……はぁ?」
「ビスケットが一つ…!」
ブレザーのポケットを軽くたたき手を手前に持っていく。
素早く動かした手にはビスケット。もちろん個装。
「たたいて、ポケットの中には2つ」
とポケットを叩くと、あら不思議。手にはもう一つビスケット。
「……ポケットじゃねぇ」
「ご愛敬だろ」
そういうと、そいつは急に顔をくしゃくしゃにして笑った。
やべぇ!なんだそれ、可愛いじゃねぇかっ!
俺は立ち上がった。
哀れ、ジュースパック。中身をぶちまきご臨終。
「おまっ…そんなだから、そんなだから生徒会全員使い物になんなくなんだよ!そら惚れるわ!魔性の男め…!」
生徒会役員全員を惚れたはれたとめくるめかせ、本人の知らぬところで激戦を繰り返され、アレよアレよと喧嘩しているうちにくっついて、そして誰もいなくなったとは可愛そうな話だ。
「うるせぇ、ボッチ!」
魔性が腹たったんだろな。
痛いとこつかれた。
こんなに素敵な性格なのにボッチだとはこれいかに。
「俺だって好きでボッチなんぞやってねぇ!ちょっと口調が乱暴なくらいで兄貴兄貴と祭り上げられた挙げ句、兄貴に釣り合わねぇとかなんとか…ねぇわ。ほんとねぇわ。だいたいてめぇも、こんなとこで泣いてんじゃねぇ、手伝ってくれっつったらいくらでも手伝ってやっし、泣き言くらい聞いてやんよ!立場的には言いにくいかもしんねぇけどよ」
ひとしきり怒鳴ってすっきりした俺は、そいつ…生徒会長の手に先程のビスケットを押し付け、ジュースパックを回収。
驚きのまま見上げている会長の頭をもう一度乱暴に撫でると、俺は立ち去る。
校舎の裏から出るとゴミを捨て、いつもの場所に戻る。
「あ、委員長おかえりなさいっ」
「兄貴まってたんすよ?」
俺は問答無用で兄貴といったやつに踵落としを食らわす。
「委員長と呼べ」

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