オレオ?7
週末の買出しというのは、体育祭の買出しだった。
ほっとしたような残念なような気分だ。
だが、買出しがなんであるか知った俺が、後ほど知った待ち合わせ場所の正門に来てみれば、そこには風紀委員長しかいなかった。
「おはよ」
「おはよう……」
暗い色のジーンズ、Tシャツにベストという、いたってシンプルな格好をした風紀委員長は、普段どおりニヤリと笑う。心なしか校則違反の髪の毛が輝いて見えるのは、俺の目にフィルターがかかっているせいだろうか。それとも朝陽が眩しすぎるせいなのだろうか。
「何故、委員長一人なんだ?」
「何故って、お前しかさそってねぇから」
何をおかしなことを言っているんだと言外に匂わせる風紀委員長にいってやりたい。風紀委員長のほうこそ何をおかしなことを言っているのだろう。俺を舞い上がらせて、何をしようというのだ。
正直、どうして俺は会長などという地位に納まってしまったのかを一瞬にして三度くらい後悔してしまったくらいには、舞い上がった。
「体育祭の買出しなんだろう?」
なんとか平静を装い、本来の目的を口に出す。しかし、風紀委員長は本当に正直な性質だった。
「ああ、それはついでだ。一人でも簡単な買出しだ。今日は、おまえとデートしたくてな」
何故それほどまでに気軽にデートなどといえるのだろうか。その気がないからだろうか。そう思うと、舞い上がった気分も地に落ちるというものだ。
それでも地に足をつけようとしない気分を抑える。
「仕事仲間のようなものとデートして楽しいか?」
少し冷たい言葉が出て行ってしまったが、仕方ない。そうでも言って落ち着けなければ、とんでもないことをしでかしてしまいそうである。
「何言ってるんだ? 魔性の会長様とデートとあって楽しくなけりゃこの学園の誰とデートしても楽しかねぇよ」
「魔性じゃねぇし!」
風紀委員長がいつも通り過ぎて助かった。魔性という言葉に、過剰反応して、いつも通りのことばが出ていく。我ながら、単純でよかったと思う。
「最近、一番好きなの会長様だしな……楽しくなけりゃ詐欺だろ」
どうしてここが学園で、しかもその正門前なのかがわからない。
人気などほぼないにしても、学園の敷地内で言われたくないことばだった。
「うおー! すげーっ! 告白現場かッ」
この学園は山奥に建っている。
自然が雄大だからという理由で正門が町が遠い方をむいており、ほとんどの生徒は町に近い裏門を使って出入りしていた。
だから、こうして俺と風紀委員長は休みで町におりていく生徒たちを避けて正門で待ち合わせをしたのだ。正門は閉じられているわけでもないため、こうして俺たちのように人を避けて正門から出て行く奴だっている。
そんなわけだから、人がいないわけではない。
しかし、荘厳だからという理由だけで作られた馬鹿でかい校門の上に人がいようなどと誰も思わないだろう。
俺と風紀委員長は、声がしたほうを向いたあと、同時に顔を見合わせた。
人が校門の上にいたのである。
「幻覚が見える」
きっと風紀委員長でなくともそういっただろう。俺もそう思った。
「俺にはあれが人に見えるんだが、会長、どうだ?」
「……俺にもあれは人に見えるな。おりれなくなってるんだろうか……」
俺のことばを無視するように、校門の上に居た人物は『とうっ』という掛け声をあげると、こちらに飛びおりる。
「邪魔してわりー! あのな、事務室どこか知ってるか?」
「ああ、まぁ……真直ぐ行けばそのうちみつかる」
そいつは風紀委員長が指差したほうを見て、二、三度頷くと笑いながらありがとうといって走り去ってしまった。
綺麗な金髪が光り輝いて、風紀委員長より物理的にまぶしい。
「なんだったんだ……」
「よくわからないが、転校生、とかだろうか」
「名簿はあとからくるんだろう? あとから覚えてりゃ確認すりゃいい。それより、俺のあれは告白だったのか?」
その気がないということの裏づけのようで気分が沈む。しかし、本当に告白だったとしてそれがいいことであるとは言い切れない。
「さぁ……本人が思ってないなら、告白にはならないだろう」
俺がそうして沈んでいると知ってか知らずか、風紀委員長は腕を組み、首を傾げた。
「……いや、でも、これが恋なら……そうか、俺、お前のこと好きなんだな」
風紀委員長が何を言っているかさっぱり理解できなくなる日がこようとは、今日の今日まで思ったこともない。
どうすればいいかわからぬまま、俺はぽろっと口を滑らせた。
「なら、両想いだな」
「……そうなのか?」
この世には、神も希望も何もないのだろう。口を滑らせたと理解した瞬間に俺はしゃがみ込んだ。
何もせずに誤魔化せば、ただのノリだと思ってもらえただろうし、走って逃げたのなら逃げることはできたはずである。
血の気がどこかにいったのを、俺はしゃがみ込んだまま、ただただ感じていた。
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