オレオ?3



近頃、変質者から電話がかかってくると風紀委員長の弟にして、我らが副会長がコーヒーを机に置きながら怒るので、どうして着信拒否をさっさとしないのだと尋ねた。
「だってなんか負けた気がするんです」
何をもってして勝敗を決めているのか解らないが、それなりに好かれており、したわれていると思っている後輩が迷惑行為に憤慨しているのなら、ちょっと手を貸してやろうと思うのは当然の運びだと思う。
「どんなこと言われるんだ?」
「パンツ何色?とかですよ」
なるほど、明らかな変質者だ。
わかりやすいほど使い古された文句だ。
恥ずかしがる反応が欲しいのか、本当にパンツの色が知りたいのか。
知ってどうするのか、反応を見てどうするのかというのは想像したくない。
「適当に答えても面倒だな」
「ええ。面倒ですね。先日黒ラメって答えたんですけど、電話口で怒られました」
あの兄にしてこの弟ありだ。
怒られた理由が嘘でも白というべきだという相手の都合だったので、彼は『間違えました。ショッキングピンクに血痕です』と嘘をついたらしい。
「それで?」
「それからですね、執拗にパンツの色を問われるようになったのは」
原因は明らかに副会長にあるだろう。早く着信拒否をすることをすすめるべきか。
「これ、捕まえてきたぞ」
「ああ、悪いな。いつも」
「いや、兄弟の不始末だからな」
先生方いわく、計算に強いし、俺に免疫があるとかで選ばれた会計は、またしても風紀委員長の兄弟だった。
委員長の兄は椅子に座っているという行為が苦痛らしく、よく生徒会室から脱走してくれる。
それを探し出し引きずってくるのが最早日課になっている委員長に、礼を言う。
すると、未だ憤慨している弟君の様子をみて、委員長がニヤリと笑った。
「パンツ何色?」
突然の質問は、おそらく弟の電話の件を知っていてのことだろう。
しかし、俺としても、そんな変質者発言に負けることはない。委員長は冗談で聞いてきているのだし、冗談で返してやるのが礼儀というものだ。
「黒と銀の細かいストライプのティー、紐」
そんなパンツを身につけているわけがない。
俺の近くに居た副会長は俺を二度見して、いつでも余裕が有り余っている風紀委員長は引きずってきた兄を離して俺に接近した。
「意外なチョイスだな」
「昔を思えばそうでもないが?」
風紀委員長と鬼ごっこをしていた頃、おしゃれは下着からということで、やたら派手な下着をきていたこともあった。
しかし、今は至って普通の下着だ。やはり、気持ちというのは割と格好に左右されるものだと思う。
「ああ…確かになぁ」
昔を思ったのか、少し懐かしそうにする委員長の表情が柔らかい。
ああ、好きだなぁと感慨深くその表情を見ていると、委員長は俺との距離をさらに詰めた。
感慨深くなっている場合ではなかった。
委員長は、ソファーに座っている俺の隣に座ると、俺の腰を抱き、更に密着。
セクハラされていると思う前に、その手が更に動いた。
早業だった。
腰に回された手は、密着率が高くなるだけ自由を得ていたようで、ベルトを少し緩めると少しズボンを下げた。
「残念。ただの黒だな。この感じからして、ボクサーあたりか」
こんな少しの隙間で解るものなのかと感心している場合ではない。
「何を見ているんだ…?」
あまりのことに完璧に感情が置いていかれている。
ただ、呆然と近すぎる風紀委員長を眺め、尋ねていた。
「一応、派手な下着は規定違反なもんでな」
学園の制服はブレザーで、スラックスも黒だ。
下着の形は出ることがあるかもしれないが、色が透けることもない。
そして、そんなものをチェックする必要はまったくない。
しかし、そういう服装規定があるのも確かだ。
「腰、意外とほせぇな」
「……いっかい死んでこいよ」
「いいじゃねぇか減るもんでなし」
「ちょ、兄さん、さすがに僕もそれはないかと」
弟君もさすがに困った顔をしていた。
風紀委員長は俺の腰を抱いたまま、俺にもたれ掛かってくる。
そろそろ状態を認識した俺の心臓が派手に動きそうなのでやめてもらいたい。
「エッチー」
今の今まで静かに床の上に座っていた委員長の兄君が茶々をいれた。
委員長は視線を素早く兄君に向けたあと、ため息をついた。
「少々エッチでもいいだろう。俺は健全な男の子だぞ」
「兄さん本当に、そろそろやめたほうがいいですよ。会長怒りますよ」
俺を見上げてくる風紀委員長は、普段の兄貴と呼ばれている姿とは程遠く…惚れた弱みだと思うのだが、少し、ほんとうに少し、可愛い。
「怒る?」
怒ったほうがいいのかもしれない。
そうでないと心臓の音がおかしくなる。
俺はため息をついてみせた。
「…呆れる」
「じゃあ、やめておこう」
ちょっと残念な気もするが、生徒会長である限り恋愛ごとは御法度である。
離れていく委員長に、名残惜しさも感じつつも、それは顔に出さないよう平静を装う。
しかし、俺は委員長をなめていた。
腰から離れていく手が腰を辿り、背中をなでて離れていったのだ。
ビクッと背筋を伸ばすと、委員長が口笛を吹いた。
「感度良好」
「兄さん」
さすがに弟君が本気であきれている。
「やっぱ俺の弟だな」
「あんたは黙ってろ」
次兄と長兄への態度の温度差が激しい弟君の言葉に、苦笑して、俺は背を丸め、離れていった委員長を見上げた。
「感度?下心とかあるのか?くだんねぇな」
下心があるのはこちらだが。
「んー…あるな、下心。なんか、最近、会長が可愛く見えるからなァ。ダメか?」
「は…自分で判断しろよ」
ニヤリと笑うという虚勢は成功しただろうか。
顔が赤くなってないといい。
「了解。今回は失敗だ。…邪魔したな」
生徒会室から出ていく風紀委員長を見送ったあと、ソファーに崩れなかった俺はえらい。
「会長顔赤いっすよー」
「お前は黙れ」
風紀委員長の兄弟が何か言っているが、取り繕えない。
こればっかりは仕方ない。

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