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大きなカンバス。
油の匂いと、汚れたつなぎ。
ちょうしっぱずれた鼻歌。
青い。ただ青い。
大好きな、青い色。
その絵をみたとき、ここにない青さに、そこへ行きたいと思った。
青に藍に、黄色に緑。赤に黒に白。
ありとあらゆる色を混ぜてつくられたその絵は、青かった。
珊瑚礁の浅瀬がひろがる、南洋。
青い青い海。
真っ青ではなく、暖かな、緑にも似た、水色の。
表現しがたい、視覚にひろがる温かい青さ。
「あー黄色…黄色…」
「……」
差し出すと、その黄色の油絵の具を手にとって、嬉しそうに笑う。
「お、サン…キュー……は?」
顔を上げて、俺を認識した瞬間に、青を作る人は戸惑った顔をした。
「なん…なんで…?」
俺がここにいるということが不思議でならないのだろう。
黄色い絵の具を持ったまま、彼は時を止める。
「青、綺麗」
そう、青が綺麗だったから。
そして、ちょうしっぱずれた鼻歌が心地よかったから。
だから、ここにいた。
「ええと…あーその…ありがとうございます?」
絵の具がついて汚い指で鼻の頭をかくから、鼻の頭にはなにか、何色かわからない色がついた。
「おーい、ことは−?」
俺を呼ぶ声が聞こえる。
最近仲良くなった、転校生。
なんとなく、この青を見せたくはなくて、俺はその場を去ることにした。
それが、五月の連休明け。
六月の初め。
その絵は美術部の六月展示会という、学校の廊下や教室を部員の作品で飾り立てる展示会に出品された。
タイトルは、『南より』。
描いたのは、3年C組、三谷縁(みつやえん)。




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