板チョコと生チョコ

釣銭を数えている時だった。
「好き、です」
言葉の意味を考える前に、指で摘んだ釣銭を渡し、いつも通りオツリがいくらかを告げる。
「八五円の、お返し……です?」
俺の言葉と同時に一気に赤くなった客を見つける。好きの意味を理解できないまま、何か言わなければと俺は口を開こうとした。
客は赤面したまま、口をパクパクと二、三度開閉した後、釣り銭を握って逃げていった。
ぽかんとして見送った後、カウンターに置かれたレジ袋に俺は茫然と呟く。
「お客さん、商品……」
アルバイト募集の貼り紙を見付け、大学三年間ずっと居座り続け、挙げ句、院生になった今でも勤務している深夜のコンビニ。学校が近いせいか高校生や大学生が多く訪れるそこで、俺は常連客の通称チョコくんに告白されてしまった。
チョコくんは、俺が大学三年になった頃からの常連客で、お弁当を買うたびにチョコレートかシュークリームをデザートに買って行く、少し怖い顔をした、恐らく、近所の大学生だ。
チョコくんが何をやっているのか推測するしかないのは、長い間常連客であるにもかかわらず、チョコくんとまともに話したことがあまりないからである。だから、なんとなく雰囲気で大学生と思っていた。
毎日毎日、雨の日も風の日も台風警報が小煩い時も、このコンビニに来て、迷うことなく同じ弁当を手に取り、チョコレートかシュークリームかしばらく悩んで手にとるチョコくん。栄養面は大丈夫なのか俺は少し心配になる。だが、たまに喧嘩か何かの傷は作ってくるが、毎日ここに来てるのだからそれなりに元気だろうとも思う。
そんなチョコくんに、好きだと言われて為す術なく釣銭を渡すしかなかった俺は、それなりにチョコくんが好きだ。
少し怖い顔しているし、人を寄せ付けない雰囲気もあるのだが、新作のチョコレートを逃さず、何品か新作が出てると弁当に目もくれず、眉間に皺寄せて悩んでいる姿も見かける。悩み抜いて二つとも買おうとし、レジに持ってきたら金が足ず、至極残念そうな顔をしていた。そんなチョコくんの恐ろしさなど、ないも同然である。
時に悩みすぎチョコレートを二つ持ってきたが、金が足りなかった時は傑作だ。
「これ、止めに……」
 断腸の思いというのは、その時のチョコくんの為にあったのかもしれない。その時、俺は、チョコくんがいなくなってから顔が緩むのを止められなかった。チョコくんがいる間レジスターのボタン押し、平静を保った俺を誉めてくれてもいいくらいである。
そんなことがもう一度あり、再びチョコくんが思い詰めた顔をするから、俺は思わず、よけられたチョコレートを袋の中にさり気なくいれた。
「いつも来てくれてるサービスです」
その時のチョコくんは驚くほど幼い顔をした。いつも、威嚇するように少し難しい顔をしているのが嘘のようだった。
 チョコくんは、俺と袋の間を目で二度往復して、チョコレートと俺を確かめた。
その姿はもしかすると告白された俺みたいな様子だったのかもしれない。
「あり、ありがとう……」
不良みたいであるのにしっかり礼を言ってくれるんだなと感心した。もちろん不良でも礼を言う奴は言うが、意外だったのである。
それ以来、チョコくんと俺の距離は少し縮まった。
チョコくんは必ず商品を受け取ると短く礼を言ってくれるようになったのだ。それは結構嬉しい。
 俺が働いている時間帯は混雑することがあまりないため、チョコくんに気がついたら、手を振ることにしている。深夜番の相方が、いつもチョコくんが来ているときに限って休憩に入っているから、俺はやりたい放題で、いつもチョコくんに笑顔で手を振っていた。
チョコくんが俺に手を振り返すことはないが、軽く頭を下げてくれるので、チョコくんの好感度は俺の中であがる一方である。
たまにあらわれる店長とオーナーも、『律儀な子だよなぁ……恋人?』と聞いてくる。
 店長とオーナーではないのだしと俺は首を振り、チョコくんを深夜番の楽しみにしていた。
「……なんで俺なんだろ」
俺はチョコくんが残していったレジ袋をカウンターの後ろに置き、ため息を吐く。
そう思えば、チョコくんは今日、シュークリームもチョコレートも買っていなかった。告白すると決めてたのかもしれない。
 ぼんやりと誰もいないコンビニで、考えごとをしながら商品陳列をした。
もうすぐ相方と交代だというときに、チョコくんは再び現れた。少しバツが悪そうで、何かあったらすぐ帰ってしまういそうである。
俺は急いでカウンター内に戻りレジ袋を出すと、いつもの営業スマイルではない笑みを意識して浮かべた。
「はい、これですね。あと、付き合いましょうか」
チョコくんはレジ袋を受け取り、一瞬止まる。しばらくするとまた赤くなり逃げた。今度はレジ袋をちゃんと持っていった。
俺はその後ろ姿を見送って、声を出して笑った。
 ちょうど交代に来た深夜番の相方に不審な目で見られてしまったが、大したことではないだろう。