生クリームとカスタード

 次にチョコくんに会ったのは、翌日、同じ時間帯。
 俺はレポート提出を忘れていた友人に付き合い、眠くて欠伸が止まらない。
 欠伸をしている態度の悪い店員のいるレジに、行こうか行くまいか、お弁当を選んでいるフリをして、こちらの様子を伺うチョコくんは、なんとも愛嬌がある。
 おかげで俺は先程から視線が合いそうになるたびに違うところを見ていたフリをするのに、少し苦労していた。
 一人で来るのは気まずいのか、チョコくんは金髪の青年と一緒にコンビニに来ている。
 金髪の青年はチョコくんの友人なのだろう。此処に来てからというもの、ずっとチョコくんに他愛もないが、オチもない話をしていた。
 友人がいて、どんなにくだらない話をされようと、しっかりチョコレートは手に持っているあたりが、チョコくんだ。チョコレートに対しては俺より真剣なのかもしれない。愛の長さと深さを知った気分だった。
 そんなチョコくんに俺が微笑んで視線を合わせたりしたら、チョコくんは昨日のように逃げてしまうかもしれない。そのため、俺は、チョコくんの様子を伺うのはやめておでんコーナーを見詰めことにした。大根がいい色だ。あれはおいしいに違いない。
 チョコくんは呑気な俺とは違い、おそらく、こういう恋愛ごとには真面目なほうで、気持ちの余裕がないのだろう。
「つか、まだ悩んでるのかよ」
「あ?」
「いや、ほら、レジのお兄さん暇そうよ、ほら」
 チョコくんの友人は、既にコンビニの商品から気持ちが旅立ってしまっているようで、チョコくんをレジに行くように促した。
 チョコくんは、購入商品はまだしも、俺と顔を合わせる覚悟は決まっていないらしい。促されて不機嫌な声を出した。
「じゃあ、お前先帰れよ」
「え。連れて来ておいて」
 俺の予測は間違っていなかった。
 俺が大根から卵に視線を移し、チョコくんの友人の言ったことを反芻すしていると、チョコくんは更に友人に帰宅を勧めた。
「帰れ」
 連れてきておいて友人を邪険に扱うチョコくんに、笑みがこぼれそうになる。
 おでんの入った箱を睨み付け、卵を数えることで俺は笑うことを必死に抑えた。卵は五つだった。数えきってしまうと頬が緩むため、次は竹輪を見つけだし、それを数え始める。おでんの箱は深いようで浅く、見た目通り小さかった。
 おでんの具を数え終わる前に、チョコくんはレジへと来てくれた。
 いつもチョコくんが買う弁当がカウンターに置かれ、俺は顔を上げる。
「いらっしゃいませ」
 条件反射で声が出た。
 チョコくんの側に、金髪の青年の姿はない。俺がおでんに夢中になっている間に、コンビニからでていったのだろう。
 チョコくんは憎いものを見るように眉間に皺を寄せて、ホットフードの入ったケースを睨みつけた。何か食べたいものがあるのかもしれないが、俺と視線を合わせないためではないだろうか。
 俺は声をかけず事務的にバーコードの読み取り作業を終わらせる。
「お弁当は温めますか?」
 チョコくんはやはりケースを睨み付けたまま、声一つ上げず頷く。
 チョコレートと弁当を分けるために二つの袋を用意して、俺はチョコくんに渡さなければならないレシートを裏返した。
「お弁当と一緒にメアド入れておきますね」
 コンビニの制服にさしたボールペンを胸ポケットから抜き出し、暗記しているアドレスを書く。
「……は?」
 機械的に、もう一度頷こうとしたチョコくんの動きが止まった。
 俺が事務的にレジを打ち、接客しているのと同じで、客は大抵同じ反応、同じ行動をする。人により少々違ってもパターンがあるものだ。
 チョコくんはそのパターン通りにすることで、俺に対応しようとしていたのだと思う。
「それとも、俺とは付き合ってくれないんですか?」
 さみしいなぁとわざとらしく言ってお弁当と一緒にメールアドレスと、ついでに携帯番号を書いたレシートを入れた。商品を入れ終わった袋をチョコくんに近づけるように押し出す。
 チョコくんは俺を見て、二つの袋を見て、もう一度俺を見て、首を傾げた。
 前と同じ反応である。
「……気持ち、悪いとか、ねぇの?」
 チョコくんが難しい顔をしていた。
 いつもの怖い顔とは、また少し違う。
 思った通り、チョコくんは俺より恋愛に対して真面目だ。
 難しく考えると何でも難しいんだよとは言わないで、俺は簡潔に答えることにした。
「チョコくんの気持ちは嬉しかったから」
「……」
 チョコくんの表情が見る間に明るくなる。嬉しそうにも見え、気のせいかもしれないが少し可愛い。そのあとすぐに、いつもの怖い顔に戻った。
「チョコくんって、なんだおい?」
「あ、ごめん、素で」
「素?」
 もう一度首を傾げたチョコくんに、俺は悪いと思ってもいないのにもう一度謝る。
「うん、ごめん。俺の中の通称」
「おい」
 チョコくんは顔に似合って口調も少し乱暴だった。それは俺も思わず普通にはなしてしまうだろう。
 顔に似合ってないのは通称と、デザートのチョイスだ。
 だが、チョコくんは俺を殴ることはなかった。やけに仏頂面で不機嫌な顔をしただけだった。
「……金森五海」
 明瞭に聞こえなかったチョコくんの声に、今度は俺が首を傾げると、チョコくんは繰り返した。
「イツミ」
「イツミくん?」
「くんとかきめぇ」
「じゃあ、イツミ?」
 素直に頷いたチョコくん改め、イツミくんは名前を呼んだだけだが、すでにちょっとご機嫌だ。解りやすい。