パイ生地とクッキー生地

 待ち合わせは駅前。
 この辺りではそこで待ち合わせするのが普通だ。
 老若男女待ち人を探してるそこで、俺はイツミくんをみつけた。
 いつもより二割り増しくらいかっこよく見えるイツミくんは、いつもより三割り増しで怖い顔をしていた。今から喧嘩でもしに行くのではないだろうか。けしてデートをしようという人の顔には見えない。
 けれど、そんな怖い顔をしている理由が、俺には解る気がする。
 たぶん、緊張しているのだ。
 待ち合わせのどれくらい前に来たのかは解らない。しかし、十分前には辿りついた俺より前に来ていたのは解る。今、そこに居て、不良が怖くて駅で待ち合わせしている人たちが少し遠巻きにしているからだ。
 それに気がつかないのか、それとも慣れているのか。イツミくんはただ、携帯を見ている。
 暇つぶしをしているにしては指が動いてないなぁと思いながら、俺は迷うことなくイツミくんに声をかけた。
「おはよ」
「……おー」
 イツミくんは慌てて携帯に表示していた画面を消して、ジーンズの後ろのポケットに無理矢理、その携帯を押し込む。
 コンビニで会う時は、軽装でありながらさり気ないお洒落さが伺われるイツミくんは、いつもより更にお洒落に見えた。
 こんなお洒落でかっこいい人とデートとは、俺も出世したものだと思ってしまう俺は、いつも通りよく解らない柄のシャツにジーンズ、暖かさ確保のためのコートと至って普通だ。
 そんな俺を上から下までじろじろと、舐めるようにといっては大げさだが、俺をじっくり見た後、イツミくんは何事もなかったのように視線をそらした。何かダメなことでもあったのかもしれない。
「イツミくん」
 イツミくんと言っただけでイツミくんの眉間に皺が寄った。イツミくんは本当に”くん”をつけて呼ばれることがお気に召さないらしい。俺は言いなおす。
「……イツミ、かっこいいねぇ。いつもより」
 いい意味の感想を正直に本人に面と向かって言うのは、たらしの所業らしい。友人たちがそろって嫌がる。
 イツミくんも同じ感想なのかもしれない。更に眉間に皺が寄った。
「じゃ、行こうか、ブラブラするんでしょ?」
 イツミくんから感想が漏らされる前に、俺は歩き出す。
 もし、がっかりしたという感想だったら、デートが、しかも初デートが最初から残念なことになってしまう可能性があるからだ。
「……ッ、篠原さん、こそ、かっけえよ……!」
 意外な感想が聞こえた。
 先へ先へとデートを進行しようとしていた俺は、振り返り、イツミくんを見ると、視線を外された。意外と照れ屋だ。
「え、そう? イツミく……イツミのほうが、かっこいいと思うんだけど、これ、俺の欲目?」
 イツミくんがすっかり怖い顔から、若干かわいいと思えないでもない表情に変わったため、避けるように、しかし興味深そうにしていた周りの目がイツミくんに向けられている。興味津々というより、あの人、ああしてるとかっこいいという感じなのだと俺は思う。本人はそのことをあまり気にしていないようだ。いや、それどころではないのかもしれない。
 この場所にやってきた当初に思ったとおり、イツミくんは緊張し、かつ照れている様子だからだ。
 照れ隠しの小道具、携帯電話をポケットに入れてしまったため、視線を彷徨わせることで誤魔化そうとしている。
 それとも、俺の発言が悪いのだろうか。友人には、こういった発言はすこぶる不評だ。合コンにはもう誘わないといわれることもしばしばあるくらいである。
「俺のことは、どうでもいいんだよ」
「いや、よくないけど。うん、そうだね、ここで居ても仕方ないし、話をするなら何処か入って落ち着いて、買い物するのでもやっぱ何処か入ろう?」
 俺は方向を転換して、再びゆっくり歩き出す。ちらりと振り返ってイツミくんを確認するのも忘れなかった。置いて行ってしまったらデートの意味がない。
 イツミくんは俺の背中を眺めていたのだろう。振り返ったら目が合った。目だけで笑ったつもりだが、できたかどうかはわからない。もしかしたらニヤニヤしていたかもしれない。目が合った瞬間に慌てて意味もなく手が動いたイツミ くんが見えたから、抑えきれたかどうか自信なかった。
 俺の少し後ろから付いてくるイツミ くんを時々確認し、隣を歩いてくれるといいなぁと思いながら、俺は目的もなく色々な店が並ぶ場所へと歩みを進める。
「ねぇ、何みたい? 何したい?」
 イツミくんが何をしたいかも聞かず中心地といっていい場所に向かって歩いているが、どの用事をするにしてもこの町は中心地に何でも揃っているので、急な方向転換はしなくていい。
 イツミくんからの答えは少し遅めだった。
 その少しの間に考えてくれたのかもしれない。
「飯には少し早い。本屋がいい」
「一番大きいとこ?」
「ん」
 短い返事が少し緊張から開放されたようで嬉しい気もする。
 俺は慣れない動物を手懐けているような気分になった。俺の顔がだらしなく崩れる前に、この辺で一番大きい本屋への道順を脳裏に浮かべる。
 本とCD、ゲームまで置いてある大型の本屋は子供から大人まで大人気だ。
 不良にも人気なのかと俺も偏った見方をしているものだ。不良も普通の人間である。本も読めばCDも聞く、ゲームだってするだろう。不良の一人である弟もすぐにゲーセンに行きたがるので、ゲームなんかは特に好きなのかもしれない。
 そんなことを考えながら、何か話題を探す。
 そうでもしないとイツミくんの緊張が再び顔を出すのではないかと思い、間が空かないように話しかけた。
「本屋行って、そのあと昼飯?」
「たぶん」
「じゃあ、何食べたい?」
 後ろから溜息が聞こえる。
 たくさん人がいる中、聞き逃しそうな音が、いやに大きな音として耳にはいってきた。反応が怖くなり振り向けずに、俺は足を速める。
「俺に聞いてばっかか? 篠原さんこそ、何食いたい?」
「俺? 麺類は普段から食べてるから……米?」
 今度は溜息より明らかに空気を吐き出す……噴出す音が聞こえた。笑われた。少し恥ずかしい。俺は更に速く足を動かす。