「米は、範囲がでけぇわ」
 大きな声で笑われており、恥かしくて振り向けない。
 一応デートだから、男同士でデートとは何処行ったものかと地域情報誌まで買った。そういう洒落っ気があってカップルで行く場所を男同士でってどうなんだろうとか、そういうことを調べてがんばってしまったとか思われても嫌だ。見栄もあったし、楽しんでもらいたいとか色々考えた。結局考えすぎて、なるようになると考えることを止め、今、こうなっている。
 やはり恥かしい思いはする。かっこうつけてもかっこうつかない。年は聞いていないが、俺の方が年上なのだろうしと、余裕を見せたかった。
 思春期でもあるまい。
 しかし、男と恋人として付き合うというのは初めてで、やはりまわりの目も俺があまり気にしていなくても、イツミくんは違うかもしれない。
 だから俺もそれなりに緊張していた。
 それ故、イツミくんも緊張してるのだろうと察した。
 イツミくんも緊張しているのなら、俺がしていても仕方ないと思えたから、緊張は表にでることもなかった。
「じゃあ、イツミ、肉好きだから牛丼……あ、でも、他のがいい?」
「……は?」
 イツミくんがいつも買っていく弁当は、焼肉弁当だ。
 焼肉とはいうものの野菜炒めにしか見えないそれを、イツミくんはコンビニの客になってからずっと買っている。うちのコンビニでも人気の商品であるため、多めに入ってきて、消えることなく残っている。
 そんな焼肉弁当を迷うことなく買って帰るイツミくんが肉を嫌いだといったら嘘だろう。
 見栄もはりたいが、楽しいのが一番だ。 昼食もおいしいのが一番である。好きなものだと嬉しいだろうと思ったから、それを選んだ。
 俺は米がいいとか言ってしまったから、単純に連想をした。米、肉、牛丼。俺にはそれしか思い浮かばなかった。
「なんで肉?」
「だって、いつも焼肉弁当買ってくでしょ」
 思わず体ごと振り返ると、イツミ くんが慌てて口を開いているところだった。
「あれは、野菜もあって、それなりに栄養ありそうに思えっから……!」
 それは結局、肉が好きと言っていると思う。焼肉弁当ばかり買うことを知られているということ、好きなものが見破られていることに照れたのかも知れない。
 三年くらいはイツミくんを見ているのだから、今更だ。意外とみていないと思っているのかもしれない。それとも意識されていなかったからだろうか。チョコくんと親しく心の中で呼びかけていただけに寂しい。
 それでも気がつかないフリをして、俺は笑顔を浮かべる。
 笑顔を浮かべたはずなのに、イツミくんが眉間に皺を寄せた。
 いつもと違い、その仕草だけで空気の温度が下がったように思えた。温度どころか、軋んでるようにさえ思う。
 何故このような空気になったのか解らないまま、俺は再度、足早に本屋に向かった。目的地があってよかった。なければ、きっとこの空気のまま、どうしていいか解らず話しかけることもできず、目的地もなく歩いてしまうに決まっている。
 速度を落とせずに歩き、本屋の入り口に辿り着くと、ようやくイツミくんがいるはずの後ろに振り返る。
 イツミくんは俺より随分離れたところにいた。どうやら、俺はイツミくんを置いて本屋に来てしまったようだ。
 遠くにいるイツミくんは俺を見失ったのか立ち止まり、白い息を吐きながら辺りを見渡した。
 名前を呼ぼうかと思って口を開きかけた時である。
 イツミくんは何かを見つけたのか、動きを止めた。
 しばらくもしないうちにイツミくんの傍に、この間コンビニにイツミくんと一緒に来ていた金髪の青年がやってきた。青年は、イツミくんの友人だ。俺ができそうもないことを簡単にしてみせる。イツミくんは少し嫌そうにも見えるのだが、青年はイツミくんの肩に手を置いて、身を寄せた。
 イツミくんは青年に何かを聞いた後、俺の方を見る。
 俺はイツミくんと親しそうな青年に、物欲しそうな目を向けていたことだろう。距離が遠くて良かったと心底安心した。
 イツミくんは友達におざなりに手を振ると、こちらに小走りでやってきた。
 眉間の皺は消えていたが、それは俺のお陰で消えたわけではない。
「篠原さん?」
「イツミくん」
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