「デザート食べる?」
「飯、来たばっかじゃねぇか」
「たぶん美味しいよ」
「だから、飯来たばっかだろ」
 そう言うわりには、イツミくんはメニュー立てを気にしている。店の一押しである季節のフルーツを添えたガトーショコラの写真がそこには挿してあった。女の子が好きそうな甘いデザートは、チョコレートケーキの一種とあって、イツミくんは気になるらしい。
「俺、これ食べたら頼んじゃおう」
 甘いものは好きでも嫌いでもないが、外出先で甘いものは頼みづらいことだろうと思い、俺が頼み、飽きたフリして食べて貰おうという作戦だ。
「そうか」
 素っ気ない声が返ってきたが、イツミくんが迷っているのが手に取るように解った。
 コンビニで悩んでいる時と同じ顔をしていたのだ。
「金森ィ、何やってんだよ、こんなところでよォ」
 二人とも昼飯を食い終わり、いざデザートを頼もうとベルを押すために俺は手を伸ばしている間抜けな状態だった。
 不意に聞こえた声に顔を上げると、そこには、いかにも悪いことやってますといった雰囲気で、派手な髪色の、チンピラのような男がイツミくんを見下ろしていた。
 カナモリとは誰だろうと一瞬思ったが、イツミくんが舌打ちをした上に、そいつもイツミくんに話しかけているようだったので、イツミくんのことだろう。
 あの時、聞き逃したイツミくんのフルネームはカナモリイツミだったのだ。
「こちらの地味なのはァ? 俺、知らねぇんだけど? 紹介してくんねェの」
 イツミくんは一度舌打ちをしてから、そいつには目もくれず、空になった皿を熱く見つめていた。
「いいけどよォ。こんにちは? 金森くんのお友達でェーす」
 存在感のありすぎる色の髪からなんとか視線を外すと、テカテカと光るスカジャンが目に入る。
 そんな男からすれば、俺は、ちょっと黒子がエロいだけの黒髪眼鏡でちょっと背が高いお兄さんなのだから、地味なのかもしれない。その上、イツミくんが、皿を割れそうなくらい睨み付けているが、火をみるより明らかなかっこうよさで輝いて見える。それを思うと地味極まるだろう。
「シカトォ? 何、えらい人なの、え?」
 だんだん俺に絡み始めたと男に、俺は視線を向けて思い切り営業スマイルを浮かべた。
「ぐぇへへ、こいつ、ウマソウ。やっちまおうゼ、俺、野郎の方が好きだしよぉ。よく見りゃ好みジャン、ひゃっほう! とか、そんなことはぜんぜん思ってないよ」
 果たして変態のフリをして嫌がられたら、いなくなるだろうか。そうでなければ俺のしていることは逆効果にしかならない。
 営業スマイルからいやらしい笑みへと次第に変化させる。
 男は、じりじりと後退した。
「やっぱ、男は踊り食いがイイヨナァ、とかそんなことはぜんぜんね」
「ふ、ふざけてんじゃねぇよ!」
 俺はその言葉に、立ち上がる。男は少し腰が引けていた。
 そのまま男に近づくと、男はやはり後退した。だが、意地や俺の反応を読みきれなかった部分もあり、たいして動けていない。
 肩を掴み引き寄せ、俺は耳元で囁く。
「知ってるか、男の味知ると、女じゃ満足しなくなるって……」
 勢いよく振り払われ、俺に信じがたいものを見たような目を向けると、男はイツミくんに尋ねた。
「テメェ、こいつ、正気か!」
 イツミくんの態度は終始、一貫していた。
 つまり、彼のことを無視していた。
 イツミくんは、今度は皿ではなく俺に刺さるような視線を向けることに集中していた。
 漸くこちらの様子に気がついた店員が、こちらに足を向けようかどうしようかと悩んでいる間に、男は俺のいやらしく見ているつもりの視線にさらされ、イツミくんに捨て台詞を吐いた。
「お、覚えてろ……!」
 逆切れとかされたらどうしようかと思っていただけに、安堵した。
 店員も安心したようで、ほっと息をついて仕事に戻っていった。俺もその様子を見た後、元の席に戻ってお冷を一口飲む。
 当然、戻らなかったものもある。イツミくんの痛いくらいの視線だ。
「イツミくん、何?」
 視線のわけを聞いて、その視線を緩めようとした俺に、イツミくんはぽつりとこぼす。
「すげぇムカツク」
 視線が俺からなくなっても、イツミくんの心は治まらないらしい。眉間に留まった皺がイツミくんの苛立ちを思わせた。
「あんたが俺のせいで絡まれてるのとか、それをどうにかしなかった俺とか、だいたい本屋に行く前も、なんかあんたに気ばっか使わせて、何もできない俺とか、あんたがいなくなったあと本屋で探して嫉妬とか勝手にして…腹立つむかつくイラつく」
 急に始まった反省会にどうしていいか解らない。
 イツミくんを見詰めていると、イツミ くんは急に大きな溜息をついた。
「そんなふがいねぇのに、さっきも密着して、あんな目で見てんじゃねぇよって」
 イツミくんのいうことを俺なりに考えると、こうだ。
 本屋に行く途中、確かに気を使っていたし、先ほどもイツミくんのせいでといえばそうなのかもしれない。
 ふがいないは言いすぎだろうし、密着や目つきの話にしても仕方ないことなのだが、そんなこちらも嫌々といっていいことにまで嫉妬までしてくれる。
 俺は困った。
「ちょっと嬉しいから、ごめん、なんか、ごめん」
 今度は俺が視線どころか顔を背けた挙句、手で覆った。
 イツミくんの感情表現は、その物言いと同じで、とてもストレートだ。
 手の中で顔が熱い。
「何が?」
「だって、それだけすきってことじゃないの」
 向かい側から俺の脛に蹴りが入った。
 痛かった。無言で顔を下に向けて堪えるしかなかったくらいには痛かった。
「ば、くそッ……そうだよ、好きだよッ! 文句あるかよ!」
 過激な照れ隠しと、かわいい逆切れに身悶えたくなったが、コンビニでお付き合いを決めた俺は間違っていなかった。
 デザートも頼めないまま、ファミレスでしばらくの間、二人とも無言で過ごしてしまったが、後から思い出しても楽しいデートだった。
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