dances on a palm


学園の中央棟の裏庭の外れ、学園の内と外を隔てる塀の前に俺は立っていた。
「……こんばんは」
いけ好かないと言わんばかりに鼻を鳴らされ、褐色の手が俺に向けられる。
たぶん、今日で四度目だ。
手を握るのも四度目だし、挨拶をするのも四度目。鼻を鳴らされるのも四度目で、夜中に塀の外に出て、どこへ行くのか考えるのも四度目。
俺は目の前に広がる塀の向こう側に人を移動させることで、ちょっとした小遣いを稼いでいた。
山奥の全寮制の男子校というと、華もなければ娯楽も少ない。夜な夜な遊びに出る生徒も多かった。
そうなると俺の商売は繁盛し、懐は潤う。いい商売を見つけたものだと悠々と睡眠学習ができたのは、高等部一年の終わり頃までだ。
睡眠学習をしすぎたせいで、テストの点数が落ちた俺は、教師にではなく、何故か生徒会に呼び出された。
曰く、留年はさせない代わりに生徒会役員に従い、人を塀の向こうへ送れ。
単位と引き換えに生徒会の言うことをきく。そのような取引だった。
俺には、この魔法使いたちを養成する学園に一年多く留まるような金はない。
俺はこうして生徒会の言うままに、人を塀の外へ出す傍ら、商売を続けて、今に至る。
生徒会は役員だけでなく、この学園に居るのなら誰もが知っている有名人から、人を塀の外に出すことを商売にしている俺も知らない人物まで外に出させた。
その中で、四度。
生徒会長が塀の外に出るために、俺を使った。
全校集会や、たまに遠くから見るときと同じように、態度は偉そうで、こちらが挨拶をしても鼻を鳴らしてさっさと送れと手をこちらにむける。俺は四度とも同じように何を言うわけでもなく、その手をとった。
手をとったあとは、いつものように塀の外をイメージする。
俺のいる位置から、塀のすぐ向こう側にその身体をそっくりそのまま地面に立たせて置くイメージだ。チェスのコマを移動させる感じに似ている。
そうすると、俺が前々から地面に仕掛けておいた魔法陣が輝きだし、そこに、俺の手を握っていた人物だけが移動するのだ。
転移の魔法である。
少し難しい魔法なのだが、俺の場合は、この場所でしか行わないことだ。コツさえ掴めば、この学園に居る生徒にとって難しいことじゃない。
しかし、コツを掴むことが難しいことのようだ。俺はお蔭様で儲けることが出来る。だが、そのせいで生徒会に使われることになった。
だから、生徒会長を何度か塀の外に送ることもあったのだ。
それが、今日で四度目で、何の変わりもなく、何の面白みもなく、今日もただ働きしたという感想しか持っていない。しかし、今日は、どの日とも大きな違いがあった。
「俺が来なかったか!?」
痛んだ赤い髪を振り乱し、きつい目つきを更にきつく見せる明るいオレンジ色の目で俺を睨みつけ、先ほど送り出した生徒会長とまったく同じ姿形を持った男が走ってきたのだ。
「……誰だあんた」
「ア?んなことはどうでもいいんだよ、俺が来なかったかって言ってんだよ!」
先ほど送り出した会長と同じ姿形を持つ男は、会長とは違い、髪は乱れているし、よく見れば擦り傷がたくさんあった。誰かに襲われたのではないかというくらい、着ている服もくたびれ、ボロボロである。
男は生徒会長のことを『俺』だと言ったが、明らかに先に来たほうが生徒会長で、男のほうが偽者に見えた。
「あんたによく似た生徒会長なら塀の外に送った」
俺の客であれば塀の外に送った情報など誰にも与えない。しかし、たまに使ってくれる生徒会は客ではなく、秘密にするという約束もしていなければ、決め事もなかった。
「サンキュ……ッ」
持ち前の反射神経で塀を慌てて飛び越えようとする男の手を掴む。
男が振り返りきる前に、気休め程度の回復魔法を発動させた。
「じゃあな」
振り返った男の驚いた顔を確認すると、いつも通り転移の魔法をかけてやる。
四度だ。俺は男と同じ顔の生徒会長に四度、同じ魔法をかけた。だが、礼も言わなければ、会うたび鼻を鳴らして俺を馬鹿にする姿しか見たことがない。
男は生徒会長ではないのだろう。
会長はいつも通り俺を馬鹿にして、塀なんて飛び越えようとせず、当たり前のように俺を使うはずだ。
怒鳴り込んできたり、礼を言ったり、慌てたり、驚いたりするわけがない。
それでも、同じ顔がしたことだ。
いいものを見た気分になり、つい回復魔法をかけてしまっただけでなく、無償で転移魔法まで使ってしまった。
「もったいねぇことしちまった」



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