五度目はすぐにやってきた。しかも俺の商売とはなんら関係のない場所でだ。
クオはまるで生徒会長のように偉そうだった。会うたびに俺を口説いているとは思えないすまし顔で制服を着て、人通りの少ない廊下を歩いてきたのである。
俺に気がついたクオは、これもまた生徒会長のように鼻を鳴らす。
久しぶりの態度にどうでもいいことが気になり、足を止める。
もしかしたら、これはクオではなくて生徒会長本人ではないだろうか。赤い髪、オレンジの目、きつくも冷たい視線は、生徒会長のそれだ。間違ってもクオの楽しそうな色のあるものではない。
ためしに、生徒会長にするように、声をかける。
「こんにちは」
クオは俺に何も言わず擦れ違う。
これは会長だったんだなと思い直すと、俺は、再び歩き出した。
これでまた、会長とのなんということのない邂逅を終えたとクオとの代わりに五度目を数える。
そのとき、歩き出して数分もしないうち、まだ会長が廊下の端にいるくらいのとき、足音がこちらに近づいてきだのだ。
それは騒がしく、それこそ廊下の端にいるだろう会長とは天と地の差のある騒音をたて、走ってきた。
「ディタ!そいつ、捕まえろ!」
俺が首を傾げると、クオがその容姿によく似合った舌打ちを飛ばす。
「いいから捕まえろ、金払うから!」
生徒会長を捕まえてどうするつもりなんだ、この偽者野郎という前に、金を払うという言葉も飛んできた。
俺は右足を軸に反転し、走り出す。
「いかほど!」
金銭のことは早め早めに、聞き出したいものだ。
支払い代金次第では働き具合も変わってくる。
「いつもの倍額!」
迷いなく返ってきた言葉のなんと甘美なことか。
最高級のチョコレートも、この蕩けて痺れる甘さには負けてしまうかもしれない。
「よし、任せろ」
当然、金の相談をしている間にも、追いかけられている会長は逃げている。
廊下の端に居たこともあり、見失うのは簡単だ。
廊下を曲がるとその先には階段と他の棟に続く廊下がある。他の棟に続く廊下に走っていったのなら探すのは難しくないが、階段を使われてしまうと難しい。上に行くのか、下に行くのかという二択だけでなく別の階に行ってしまうという選択肢まであるからだ。
俺はあまり得意ではない、呪文詠唱を開始する。
攻撃魔法の校内での使用は校則により禁止されているが、身体補助魔法は使い放題だ。
俺の走り出した廊下は長くない。俺の足がドーピングの分だけ速くなったこともあるが、もとより、俺は廊下の真ん中ほどを歩いていたこともある。角をうまく曲がり、まずは他の棟に続く廊下を見た。
会長の姿はない。
減速し、今度は階段に近寄り、下を見て、上を見る。
クオと同じくらい騒がしいがリズミカルな足音が階段をのぼっていることに気がつき、上を向いたまま目を凝らす。
会長と思しき生徒が階段を上る姿が見えた気がした。
「クオ!」
俺よりも足が速いらしいクオが俺のすぐ後ろにいる。それは、足音とやってくる圧迫感のようなもので感じていた。
俺は身を捩り、右手を伸ばす。
クオは初めて会った時のように驚いた顔をしたあと、ニヤリと笑い俺に手を伸ばした。
しっかり手を掴んだ後は簡単だ。
イメージする。チェスのコマの代わりに会長の目の前にクオを置く。
いつもと違うのは、そこは魔方陣の上ではなく階段であり、また、到着場所が動いているということだ。
少し難しいが、コツさえ掴んでいれば大丈夫だろう。
浮かせたままクオを会長の目の前に、立たせる。
やったことはない。けれど、俺にはそれなりの自信がある。
「サンキュー、ディタ」
クオの声が、俺の魔法の成功を告げた。
自信があっても、場所が場所だ。失敗したら大怪我も有り得る。
伸ばしていたままになっていた手を下して、ほっと一息つくと、俺はどうなっているかを確かめるために階段を上った。
「ルオ、そろそろ機嫌直してくれねぇか」
「冗談じゃねぇ半年も放置されて、すぐ直る機嫌なんて持ち合わせちゃいねぇよ」
声まで似ているクオと会長は、思ったよりも上の位置に居たようだ。階段を折り返してもその姿は見えなかった。
「俺だって好きで半年空けたんじゃねぇよ。俺は継承権破棄するっつって、ようやく戻って来たんだぞ」
「そんなん知るかよ。俺はお前の影だぞ?」
二人の会話を聞いているとどちらがどちらかまったく区別をつけられない。二人が対峙している姿を見ても区別がつかないだろう。
それほど二人は似ていた。
「わからねぇわけじゃ、ねぇけど。俺も影がねぇと出歩きにくいだろう?拗ねるんなら足元とかで拗ねてくれよ」
ようやく二人の姿が視界に入ったのは、階段を何回か折り返したときだ。二階半ほど上っていた二人は、鏡に映したようによく似ていた。
ただし、鏡とは違い左右が逆転することもなければ、同じ格好もしていない。
会長が小奇麗な格好をしているのに対し、クオの服装は乱れていた。
「……仕方ない。妥協してやる」
会長が偉そうに宣言すると、会長の腕がクオの背中に回る。
俺の目には、同じような姿形をした男前がイチャイチャしているように見えた。
「ありがたい。これで昼間も外に出られる」
「言ってろ。俺が居なくても出るくせに」
会長はクオと密着することなく、クオに接近すればするほど、その身体をクオの中へと侵入させる。
俺が目を見開くと、俺のいる方に身体を向けていたクオが、顔を上げた。
「ディタでもそんな顔するんだな」
会長はすっかりクオの中に入ってしまっていた。



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