結果的にハッピー
「なぁ、二度故郷を捨てるってのどういう気分だ」
なんともデリカシーのないことを言われ、俺は困ったように眉を下げた。
「考え方を変えたほうがよくね? 二度も故郷を捨てるほどのものってなんなのか、とか」
一度目は仕方なくだ。帰る方法がないと思っていた。故郷を捨てたのではなく、諦めたといってもいい。俺にはどうすることも出来ない超常現象に見舞われて、俺は故郷に戻れなくなったのだ。
「なら、何があったっていうんだ」
嘲りの混じった声に、俺は剣を持った手を下す。
敵対している人間に対してとる行動ではないが、俺より聴覚も嗅覚もいい恋人が駆けて来たので、手を下した。恋人は俺より強いのだ。
後ろから恋人に襲い掛かられ、そいつがめちゃくちゃに暴れているのを眺めながら、俺は故郷を捨てた二度目を思い出す。
何度も何度も後悔しないかと聞いた恋人のほうが、後悔していた。俺がこの世界をとったのは、恋人がいるからだ。何度も何度も、俺が故郷を捨てるときよりも謝り、まだ帰れるんじゃないかという恋人に俺はいつも首を振るばかりである。
そんな恋人だから、こうして俺が馬鹿にされ、しかも話題が故郷のこととなると容赦しない。
恋人は、敵の首に後ろから噛み付き、暴れられても離れず、その肉を噛みちぎった。
普段ならば肉が牙に食い込むことさえ嫌がる。それでも真っ先に牙を向けた恋人は、怒っていた。
鋭い爪、鋭い牙、黒い毛皮に緑の目、丸い耳に、四つの足で大地をかける大型の獣。それが、俺の恋人の九重(ここのえ)だった。
「それが理由」
九重をさすと、そいつは首をおさえ再び嘲りを浮かべはき捨てる。
「……狂ってやがる」
逃げていく後ろ姿を見送って、俺は九重に尋ねた。
「狂ってる?」
『……同意はしたくないが、そうとしか思えない。こんな獣、捨て置けばよかった』
「そうは言うけど、九重」
肉食獣になったのに、元の身体と思考も持つが故に獣にもなれず、その性に引っ張られるのも恐れる。獣の中でも人間の中でも生き辛そうな恋しい人を置いてこの世界を去ることがどうしても出来なかった。
俺はどちらかを選んだわけではなく、故郷を捨てようと思ったわけでもない。どちらも選べず、結果この世界に残ってしまっただけだ。優柔不断でどうしようもない結果だというのに、九重は謝り続ける。
「俺はどうしたって後悔するし、ちょっとクレイジーでもいいんじゃね? ほら、そのほうがちょっと前向きじゃん」
九重が少し喉を鳴らして首を傾げた。
それは、どうしようもないなと笑う九重らしい仕草だ。
『住吉(すみよし)らしい』
俺はそれに笑って見せた。
俺と恋人の仁科九重(にしなここのえ)は異世界人だ。片やただの狩人、片や世界を救ったが姿形性質までも変容させてしまった獣だが、二人ともただの高校生だった。
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