「展開」
一言呟く。
俺は風景を目に焼き付け、まぶたを閉じた。
広がるのは砂と岩だ。それらを囲うように端のほうに森になりきれない木々がある。
その木々やそれらの作った影に隠れ、俺は細く長くゆっくり息を吐き出す。
そしてまぶたを開き、意識する。
すると俺の目の前には、三つの風景が現れた。相棒であり友人である猟奇りょうきが近々《ちかぢか》の一人である舞師まいしと対峙している姿、俺の背後に広がる木々がざわめく様子、俺の目の前にある風景、その三つだ。
俺は猟奇と舞師に視点を合わせ、俺の身体の前に置いた銃のスコープを覗き込む。
今日こそは車輪のように働けと脅しつけた成果なのか、明日の昼飯で釣ったおかげなのか。猟奇は仮面越しから高笑いが聞こえそうなほど楽しげに動き回ってくれている。どこかの殺人鬼が被っていそうな仮面に魔法の武器であるマジックサイスを振り回すその姿は、まさに猟奇だ。
今度はスコープと俺の見ている風景をあわせる。そして俺はようやく息を吐き出すのはやめ、少し息を吸い、止めた。
それは舞うように大剣を振るう舞師と猟奇が武器をあわせ、動きを止めた一瞬だ。
背後にうっすらと他人の気配がするなと思いながら、引き金を引いた。
たったの一撃だ。
俺はたった一撃当てればよかった。
しかし、俺のいる位置は近々の二人に読まれていたらしい。舞師は舞の一部であるかのように華麗に俺の一撃をかわす。
その瞬間が合図であったのか背後にあった気配が、殺気をこぼす。
銃声にかき消され音など聞こえていないのに誰かが笑った気がして、俺は振り返りざま腰のあたりにあるホルスターから銃を引き抜く。すぐさま銃を撃つ。狙いもなにもない牽制のための弾の行方など確認しなかった。
バネッサから手を離し、振り向き、横転しながらのそれは、当然あたらない。
だが鋭い舌打ちがこちらまで届いた。どうやら、近々のもう一人である暗殺者あんさつしゃと呼ばれる男が俺への攻撃に失敗しらしい。
暗殺者は気配を隠し、姿も隠し、敵に近づいては攻撃しフィールドを離脱させることで有名な短剣使いだ。そのスピードは俺たちの所属している学園一と言われており、当然のことながら俺より速い。
そのせいで俺はここで無様に転がりながら、うっすらとしたか細いにもほどがある気配を頼りに攻撃を避け、暗殺者を牽制し続けなければならない。しかも攻撃までしなければならないのである。
それはこの授業……コンビ戦闘の授業がタイムアップか、どちらかのコンビの勝利で終了するからだ。タイムアップは成績に加算されず、単位修得にはある程度の回数、勝利を得るしかない。
どうしてほんの少し気配を読むのが上手で、ちょっぴり魔法が使えて、超長距離から場合によっては近距離の撃ち合いもする。そんなちょっとおちゃめな男の子が、かくれんぼが上手な背後から忍び寄ってくる恐怖に立ち向かわねばならないのかと悲しく思う。
その上、その悲しみを飲み込み、若干頭を使って遠くへ近くへと動き回って射撃をしていたら反則狙撃はんそくそげきと呼ばれるようになったのだからやるせない。俺の現在の姿であるコーンロウにサングラスの陽気な兄貴にはなんとも不似合いで不名誉な呼び名であった。
俺は押し寄せてくる悲しみややるせなさの代わりに、銃から弾を吐き出させる。
暗殺者がそれを避けるたびに銀の髪が光をまいて神々しく見えるものだから、俺は反則などといわれている俺自身と比較して、この世の不公平さに嘆かずにはいられない。
八つ当たりだといわれようと、この戦闘に勝利しなければならない気までする。
そうして俺を仕留めるため近寄ろうとしている暗殺者は、俺のひがみから発生する執念もあり近寄れずにいた。しかし、この場所がこのフィールドの大半を占める荒野ならば、俺は早々にこの場から消されていたに違いない。木々があるこの場所であるからこそ暗殺者の動きが阻害され、俺はなんとか暗殺者を牽制できていた。だが、この場所でなければ暗殺者も隠れることが難しいフィールドだったのだ。両者にとってここは良い場所であり、悪い場所だったといえる。
俺は身体を木に隠すと、ホルスターからもう一つ銃を取り出す。彩菜あやなという変わった銃だ。彩菜は特殊な弾を扱う銃で、三発しか撃てない。
俺は暗殺者に彩菜の銃口を向け、そのうちの二発を無造作に撃った。暗殺者はそれを難なく避ける。狙いも甘く撃っているのだから、暗殺者ほどの人間にとってそれは当然のことだ。俺もそれくらい予想している。
俺は彩菜を素早くホルスターに戻し、空いた手でもう一丁銃を持つ。
その間にも暗殺者は避けたはずの銃弾に襲われていた。彩菜から発射されるのは追尾弾だ。一度避けたり、弾道を少しそらしたところでなんとかできるような弾ではない。避ける隙を与えないために、俺は二丁の拳銃を交互に撃った。
しかし暗殺者も強い。彩菜の弾を避けながら、俺が次から次へと放つ銃弾を避け、弾道を反らし、はじく。
しかし、俺には近付けない。
勝敗は残りの弾数と俺たちの体力がわけそうである。
長期戦を覚悟した俺に、ピィーッという音が聞こえた。
俺はそれが聞こえた方向より右に跳ぶ。
それは俺よりも先に近々の舞師を戦線離脱させてくれた猟奇の攻撃だ。
暗殺者も難なくそれを避けた。だがそこに、彩菜の追尾弾が襲う。それでも暗殺者は辛くも避ける。手強いというよりもしぶといといったほうがいいだろう。俺は駄目押しの一撃だと引き金を引く。
それは暗殺者の心臓をぶち抜いたようにみえた。
一切の攻撃を通さない学園が有する魔法の光の中、暗殺者が呟く。
「さすが恐怖の謝肉祭」
コンビ名はカーニバルと登録してあるはずであるのに、他人は何故か俺と猟奇を恐怖の謝肉祭と呼んだ。
不本意極まりない。