食堂は、今日も巨大なモニターと飯を食う人間で騒がしい。
特に昼時は戦争である。空腹の戦士たちが飢えに任せて殺到し、食堂は戦場と化す。
俺が食堂の注文カウンターにたどり着いたときには既にめぼしいメニューは売り切れ寸前だった。それでも運よく焼き魚定食を手に入れ、俺は友人の良平(りょうへい)が待つ席へと向かったのだ。
そこには俺よりも後にやってきた癖に、本日のオススメメニューを優雅に食らっている良平がいた。
俺はでこぼこしたトレイを持ち、この世の不公平をすべて顔に出す。
「男前になれねーちゃらいだけの爬虫類面が更にひでーことになってんだけど、叶丞(きょうすけ)」
ひとつひとつ個性があれども、俺が所属している武器科銃選択の人間の大半がそのような顔である。つまり、俺はいたって普通の顔だ。友人が言うような残念な顔はしていない。
「この溢れる男ぶりがわからんのやな」
「ねーわ。で、お前の顔はどうでもいいんだよ。見たか、トピックス」
軽口をたたくと通り過ぎていく流し麺のように流されてしまった。
良平の聞きたいことは大体わかる。しかし、俺はその話題にできるだけ触れたくない。話題をそらすためにも、もう一度、良平の優雅さに目を向ける。
その優雅さを見ていると食堂で戦士になることは良平にはないだろうと思えた。だが、見れば見るほどその優雅さが、ある犠牲の上に成り立っていると考えられ、俺は悲しくなってくる。
「トピックスは逃さず自室でもチェックしとる……ちゅうか、良平、それ、ワンコやんな?」
良平はオススメメニューの鶏五目麺を手に入れるのに食券も買わず、長い列に並ばず、トレイを運んでくることすらしなかっただろう。おそらく、良平の恋人という名のワンコがこっそり入手後、こっそり良平の前に置いたのだ。
本日のオススメメニューは良平の好物である鶏五目麺である。ワンコはお気に入りの玩具を持ってきた犬のように、そのメニューを持って来たに違いない。
俺は良平の向かいに座りながら、だんだん憐れな気分になっていた。
何故ならば、その鶏五目麺を持ってきたワンコの青磁(せいじ)の姿が見えないし、気配すらないからだ。
昼時で人が多いとは言え、俺が俺の友人でもある青磁の気配を見つけられないわけがない。
「そうだけど、何か?」
「ワンコ、おらんよな?」
それでも尋ねたのは、一縷の望みというやつだったのかもしれない。
しかし、良平の返答には、夢どころか希望もなかった。
「そうだけど、何か?」
いたって普通だといわんばかりの態度で、良平は野菜を口に運んだ。いつものことであるが、俺は青磁が憐れで仕方ない。
「たまには、一緒に食べたったらどうや」
「いいんだよ、代わりに俺が食ってんだから」
それは青磁の食い物を横取りしているということだろうか、それとも夜のことだろうか。良平はさらりと、恋人とのあれこれを零して惚気てくることがある。だから片想いを拗らせている俺はつっこむべきか否かを迷う。
言葉を選びかね、焼き魚の身をほぐす。迷いがあったせいか、思ったより細かくなってしまった。
「あいつのことはいいんだよ。トピックスだトピックス」
良平の食い物についての話題が違うものになったことに喜ぶ間もない。それよりも嫌な話題が俺の前にぶり返す。
俺は聞こえなかったふりをして、魚の尻尾を持ち上げた。
「聞こえないふりしてんじゃねーよ。反則狙撃が、暗殺者に、きゅ、う、あ、い、したんだってなぁ?」
持ち上げた魚の尻尾は、骨をうまいこと引っ張り上げ頭まで持ち上げてくれたが、俺の気分を持ち上げてくれることはない。普段ならば、綺麗に骨が取れたというだけで少し気分がいいというのに、トピックスのせいで気分は下がる一方である。
トピックスというのは、戦闘の授業で目立った動きをした生徒たちなどを何度も何度も映像で流すものだ。戦闘方法を見て対策を練るなり、今後のことを考えるなり、ヒントにするなりしろという学園の方針からされていることである。
授業で何故か恨みを買うことの多い俺は、初めてトピックスに俺の姿を見つけたときはひやひやしたものだ。しかし、授業では必ず変装をさせられるので、正体がばれない限りは闇討ちされたりはしないはずである。
学園は、そのために変装を義務づけ、費用も手間もかけ、変装用の魔法アイテムとそれを作動させるための魔法を使っているのだ。その魔法は非常に高度なもので、姿形、声、口調や気配さえも変える。正体がばれるとすれば、人の動きや癖などからだ。
人は意外と視覚情報に騙されるものである。だから、よほど親しく一緒に居ない限り正体を見破ることはあまりない。見破ってやろうという気がなければ、見破ることもそうないだろう。