「これは強制なのだよ、叶丞くん! 我らは君を二四時間監視しておはようからお休みまで、さらには排泄を行うときも着いていき、闘う所存なのだよ!」 「便所までかい!」  七三眼鏡のいうことに、もはや薄青や敬語は吹っ飛んでしまった。せっかく余所行きの猫を連れてきたというのに、被ることも出来なかった上に、追い払われてしまった気分である。 「排泄行為がトイレばかりとは限らねぇだろ」 「副委員長は黙ってくれへんかな?」  風紀副委員長が快楽主義なのは、厄介ごとに首を突っ込んで遊んでいることと同じくらい有名だ。排泄行為が便所に駆け込むのではなく、便所の個室で一戦淫らに交えるものではないかと主張しているのはよくわかる。だが、それをいうともっと面倒になってしまう。  俺にはそのような相手がいないし、今は決闘を避けることが俺にとって一番大事なのだ。せめて恋人がいたらとか、片想いの相手に気持ち悪がられていなければとか思わないでもない。それでも決闘を前にしては、瑣末なことである。瑣末なことだということにしたい。 「いや、黙らねぇよ。なぁ、叶丞クン。俺、職、権、乱、用しちゃうぞー?」  風紀副委員長の声真似が本人だというのに、似てなさ過ぎて他の連中はよくわからなかっただろう。しかし、俺はその似てない声真似のせいで気がつかないようにしていたことを一つ思い出した。 「おや、叶丞くんなんだね、その顔は」 「決闘を受ける覚悟をした顔じゃねぇのかな、薄青同盟代表クン」 「ついに覚悟を決めてくれたか、叶丞くん!」  俺が『まずい』という顔を隠せないでいると、風紀副委員長は俺の代わりに勝手に決闘を受けると言い出す。俺はそれも止められずにいた。  何故なら、俺に近づいてきた風紀副委員長が俺に同情するような顔をして俺の手を両手で握ったからだ。  片方は手の甲の下に、片方は掌の上にしての握手だった。  その手から何か、硬いものが俺の手に置かれる。 「詳細は後日ってことでいいよな、双方」  俺は風紀副委員長の手が離れ、残ったその硬いものを握り締めた。これはおそらく、石だ。しかも手から伝わってくる力のおかげでわかる。俺が所持していた魔法石で、早撃ちにあげたものだ。  俺はニヤリと笑う風紀副委員長の顔を呆然と見つめるしかなかった。



◇◆◇



 風紀副委員長に脅されるという、この学園ではそう珍しくない事態に陥った俺は、改めて通知された決闘の内容と通知方法に首を傾げた。
「なんでボードゲームなん? しかもなんでこんな人目につく方法なん?」
 食堂の大画面で、今日の休講情報と一緒にテロップとして流れていく様子は、首を傾げること以外を放棄させる。あまりに大々的過ぎて現実味が薄いのだ。
「おーおー。また派手だなぁ。ま、資格とやらの有無を皆に知らせるには良さそうな感じではあるか」
 良平がテロップを読んだあとで、朝からデザートのアップルパイにバニラアイスを乗せる。黄金色のパイ生地に少し溶けたバニラアイスが実に美味そうだ。俺が手を伸ばすと、良平は皿を俺の手から逃がした。いつも通りの食卓である。
 だが、非日常なテロップはすでに何回か決闘の方法を告げていた。
「そうかもしれんけどさぁ……」
 良平は煮え切らない気持ちでもやもやしている俺を哀れんで、アイスについていたミントをそっと俺の前にある皿にのせる。おそらく、ミントを食べる気が無かったのだろう。
 俺もスイーツについてくるミントやサンドイッチに添えられたパセリは食べないので、気持ちはわかる。わかるから、これは本当のところ哀れみでもなんでもない。嫌がらせだ。そうでなければ俺の皿に乗せる必要が見出せない。
 テロップのこともあり、そっと置かれたミントに虚しさがいや増した。
「当日、いい見物席空いてっかな。なぁ、関係者席とかねーの?」
「なんやねん、どの辺りが関係しとんねん。関係者いうたら、副会長と副委員長と薄青同盟くらい……多いわ!」
 副会長と副委員長だけならまだしも、薄青同盟は比較的大きなファンクラブだ。顔がいいというだけで薄青同盟のようなファンクラブは出来るものなのだが、副会長はそれに加え爽やかな好青年である。薄青同盟の人数は副会長の兄弟であり、顔が良く似ている会長のファンクラブより多い。だから薄青同盟を含めると関係者が多すぎる。
 すぐに気づいて自分自身でツッコミを入れてしまった。
「空いてなさそうだな。仕方ねーな。副委員長あたりをゆすっておくとしよう」
「どうゆする……青磁やな」
「ん。権力持ちの犬って最高だな」
 青磁が聞いたら一も二もなくさまざまな権限を手に入れてきそうである。権力があろうとなかろうと良平の態度はかわることがないことを知っていながら、青磁はそれをやってしまう。その青磁を良平はハウスと言いながら可愛がるので独り身のこちらはやっていられない。
「でも、ばれたら面倒なんちゃうん?」
 そう、俺が副会長とぶつかっただけでこうなのである。眉毛がなかろうと、主人に絶対服従姿勢を貫こうと、それ故意外と情けない姿を晒そうと、しかもその主人に邪険に扱われようと、青磁は人気のある生徒の一人だ。厳つかろうと主人が関わらなければかっこよく見え、ファンも多く、調子乗ってんなよといってくる連中もいる。
 だから普段は面倒を避けるために人目があるところでは近寄らないように、良平は青磁に指示していた。
「そこはうまいこと運べよっていいこいいこしておく」
「あかんやつやないけ」
 もはや、テロップで流れるボードゲームのことなど、良平のご主人様ぶりを前にどうでもいいことのようだ。
 俺はため息をつき、良平の前の皿を見る。少し放置され、バニラアイスの形が滑らかになりすぎていた。良平はこのくらい溶けた状態でパイ生地にバニラアイスを吸わせながら食べるのが好きらしい。よく、そうやって待つ間に俺の話し相手をしている。
 そして、ちょうどいい具合になるとアップルパイが食べ終わるまでは話を半分も聞かない。
 俺は良平がアップルパイを食べ始めると、もう一度テロップを読むべく画面を見上げる。
 そこには、近日中に新入生歓迎会のためにチームを組めという伝達事項も一緒に流れていった。
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