「俺はそういうところ、好きだが」
俺が話題を変えようとしたことについての感想のようだ。俺にとってはもやもやとしたものが残るという、いやに煮え切らないものも、一織にとっては嬉しい材料だったようである。
「……忘れた頃にやってくるの、やめたってや。こっち、準備できとらんからな」
「準備できてたらどうなる?」
「綺麗に無視したるよ」
「そうか…人の気持ちを踏みにじって楽しもうとは…」
誰も踏み躙るとか楽しむとか人聞きのわることをするとは言っていない。だが、強いて否定せずに俺は悪い笑みを浮かべた。
「悪いやっちゃろう?残念ながら、コレが普通やから」
一織が俺を見つめてニヤリと笑う。
「楽しむ気もねぇだろ?」
まったくそのとおりだから、つまらない。
これを機に嫌いになってくれたらいいのだが、そうもいかないらしい。
俺も、嫌われたら流石に堪えるが、好きのレベルを落としてくれたら本当に嬉しい限りである。
俺は会長が好きで、会長に似ている一織に好感情を向けられると実に複雑な気分になる。
コレが会長ならばよかったのにだとか、もういっそ会長を諦めてかわりに一織を好きになってしまおうかだとか。
そんな軽い気持ちで会長が好きなのかと言えば、否と言えるが、ではどれほど重たい気持ちを持っているのかと尋ねられると答えることができない。ただ、生涯この人だけが好きなのだと、一瞬でも思うことはない程度のものであるのは確かだ。
「俺なぁ…会長が好きなんやけど」
「そうだな」
解っているし、ごく普通のことのように一織は頷く。
「だが、あいつにキョーも好かれていない」
まったくそのとおりであるため、俺は、肩を落とした。
「なんや挫けそう」
トーナメントのことといい、恋愛ごとといい。
そうやって挫けそうになっているときに限ってお呼び出しというのは受けるものだ。
俺が座学で使用している机の中にそっと入れられていた手紙。
それには、こう書かれていた。
『君の秘密を知っている』
俺の秘密というと、実は反則狙撃であるとか、最近ちょっと体重が増えていて、体脂肪率を見て練習量を増やそうと思ったことであるとか、甘いものも辛いものも好きなのだが、甘いものは特にとある店のドーナツが好きで、先日魔法石のアクセサリーを渡された時に土産としてもらって、悪くなる前にと食べてしまったが故に体脂肪率が俺のキープしている数値を上回ったとか、そうやって体脂肪率にへこんでいる俺は未熟児だったので、よくぞ生きていてくれたと母親がえらく喜んで、そのおかげで少しばかり過保護であるとか。
些細なことから、俺の出自、出生のことまで頭を巡らせ、脳内で家系図まで書いた。
だが、すぐに思い浮かぶ秘密にしていてバレて困るというのは、反則狙撃であるということだけで、その反則狙撃であるということもよくよく考えたら、最近多くの人間に知られている。
学園の生徒の全体からするとごくごく一部なのだが、一クラスという単位で数えると三分の一ほどの人間がその事実を知っていることになる。
秘密にしては、大したことのない部類に入るのではないだろうか。
だからこそ、俺は誰かが知っている秘密とやらが気になる。
「ええと…俺の秘密知っとるんって…なんや、あんたですか」
「あんたですかはないだろう?せっかく熱烈な呼び出し方をしたというのに」
「なんなん、まだ残っとったんですか?」
俺の秘密を知っているといって呼び出しをしてくれたのは俺にアクセサリーを持ってきてくれた人だった。
それは些細なことからちょっと困る秘密まで知っているだろう。
「そう、この学園に編入した」
「え…なんで編入したん?」
「ちょっと思うところがあって。で、だ。編入したのはいいが、他の子達には内緒にしてくれないだろうか。サプライズしたいんで」
本当に驚かせたいかどうかわからないが、わざわざ他のやつらに言ってやるほどのことではない。
ちょっと思うところというものが何かの企てであっても、大事には至らないだろうと俺は思っている。
何故なら、俺の秘密といってもいい関係であるこーくんの友人でもある人物だし、俺も夏に一緒に食事もした仲であるからだ。
こーくんに絶大の信頼を置いているようで癪だが、ただの害意を俺に近づけるほど、こーくんは俺が嫌いだったりはしない。
「千想さん、その代わり、なんやあると思うたら、俺真っ先に行動しますよ?ええですか?」
「構わないよ。よかった。君ならわかってくれると思ってた。君の秘密をばらさなくて済みそうだ」
「あー…それですけど、その秘密ってなんなんですの?」
首をかしげて頭を掻いた俺に、荷物お届け人のこーくんの友人、千想さんは笑って答えた。
「君にとっては大したことじゃないし、あのおめでた野郎にとってもたいしたことじゃないみたいだけど、まわりにとったらちょっとしたニュースだよ。君を見る目が変わるかもね」
俺にはまったく心あたりがない。
なにせ、俺にとってもこーくんにとっても大したことじゃない、普通のことなのだから、もしかしたら俺は秘密とすら思っていないことなのかもしれない。
「イケスギヤのドーナツが好きなこととかやろか…」
「いや、それは確かに、君を見る目は変わるだろうけどねぇ…」
イケスギヤは昔ながらのパン屋さんで、洒落たパンは一つもおいていないが、オーソドックスなパンや、洒落たパン屋ではあまり見かけることのないパンが置いてある。そのパン類に混じって、オーソドックスなケーキやドーナツもおいてある。俺の好きなドーナツは至ってシンプルなタマゴドーナツだ。
少々歯ごたえがあって、口の中の水分を奪うが、とてもおいしく懐かしい味のするドーナツ。あれが好物だというだけで、俺を見る人の目は変わる。
大したことではないのだが、俺に対するイメージであるとか、男がドーナツという女の子や子供が好きそうなものを好きであるということに対してとか。ちょっとしたからかいの材料にもなるかもしれないし、人によっては可愛いと言う事項かもしれない。
それと同じように、他から見ると俺が俺というイメージから遠い秘密ごと、ひいてはあえて他人に言わないことなどあっただろうか。
ちょっと真剣に悩んでしまった。
だから、うっかりしていた。
俺は千想さんがこの学園のどこに編入しているのかを聞きそびれたのだ。
たいしたことではないけれど。