駄犬を煽ってレースを楽しくすることに余念のなかった良平だが、俺とのレースも手を抜いてくれるわけがない。
コントロール力抜群の魔法を効果的に使ってくれるのかと思いきや、なんの小細工もなく、棒を持って走るという行為に出てくれたのだ。
こういうと手抜きと思えるがそうではない。良平は賢い方の魔法使いだ。自分自身の限界を知っていて、力を温存しているのだ。
その上で自分が今できることをやっている。
スタートの合図と同時にコースの一番端にいた猟奇は自らが持った棒を同じ組の連中の足に向けて振った。
武器を持っている関係でスタンディングスタートを切ろうとしていた人間にはひどく酷な攻撃だった。
スタート地点からの攻撃。昨年もこの競技に参加していた猟奇には見られなかった行動だ。
それだけ、初撃のスピードに自信がついたのだろう。
可哀想にも猟奇のお隣に位置していた俺は、一番近い位置でこの攻撃を受けねばならなかった。
相方のことを解っているからこそ、魔法を使ってこないだろうと思っていた俺は警戒していた。
相方は魔法を使わなくともあくまで魔法使いだ。
魔法使いは先手を取りたがる。
だから、この攻撃も予測できる範囲であった。
俺は脛に向かってくる棒を綺麗にまたいだ後、その勢いのまま走り、振り返り、既に抜いている銃で数人を狙う。
一人は良平とは反対側の端に位置した奴で、手に持っているのは剣だった。良平の攻撃が棒の長さの関係で届かなかったため難を逃れたが急な動きで、驚きスタートが遅れてしまっていた。
その上、良平の攻撃が当たらなかったことに思わず安堵しているという間抜け姿を晒している。
安堵している暇があれば走れ。攻撃しろ。…恐らく彼は、この競技に初めて参加するのだろう。
可哀想に、その隙をつかれて俺の銃弾により、コースアウト…離脱だ。
あとは、良平の攻撃が届かないにも関わらず体制を崩してしまった人間に威嚇するために右で二発、俺の隣にいて、更に良平の攻撃をギリギリ受けることになり、転けてしまったやつに止めの一発。こいつも残念ながらコースアウトだ。
「酷い奴だな」
良平が何か言った気がするが、聞こえなかった。
いつもなら唇が読めただろうが、面をされると雰囲気で感じるしかないので厄介だ。
…たぶん、俺を非難してくれていたのだろうけれど。
非難するわりには、俺が威嚇した一人をちゃっかりコースアウトさせるなんていう芸当までしてくれたあたり人のことは言えない。
同じ組でレースをする走者は七人。
色々な会場で行われているこのレースは、ゴールしたスピードで競技の一番を決める。
どんなに誰かの邪魔をしても、スピードがものをいう競技だ。
最初に一騒ぎあったものの、一応トップに立ってしまった限り俺は前を向いて走らねばならない。
たとえ後ろから猟奇が棒を振るいながら走ってきても、残りの二人が攻撃してきても走らねばならない。
だからこそ一織は最後にスタートしたのかもしれない。今更ながら気がついた。
俺としても、良平が魔法を温存したように魔法石を温存しておきたい。障害物競争やらトーナメントやら、参加が不本意であってもそれなりの成績を残さなければ不当な扱いを受けてしまうのだから、俺とてそれなりに手を尽くす。
そうでなくても、人口の魔法石は使い捨ての道具だ。石の魔法を失えば、もう一度加工しないと使うことができない。その加工が個人で出来るのならばいのだが、どうやったって今の技術では個人ではできず、専用の魔法機械がなければもう一度使えるようにはできない。
つまり、ここで無駄に使ってしまうと体育祭だけではなく、色々なところに支障が出てしまうのだ。
悪態の一つや二つつきたいところだが、俺は前をむいたまま後ろに視点をもうける。
本来なら人間なので見えるはずもないのだが、俺には少しばかり魔法が使える。
後ろの光景と目の前の光景が見えるという、実に気持ち悪い状態で走らなければならないのだが、なんとか走る。
方向を見失わないように俺は遠くを見る。
いつものように要所要所を点としてみる。感覚としてはいくつもの場面を同時に見られる画面を見ているような感じだ。
ぼんやりと全体を眺めながら、集中すべき点を見誤らないようにするのがコツだ。
良平以外の人間の武器は銃とボウガン。
銃はまだしもボウガンは走りながら攻撃するには少し向かない武器ではないだろうか。
良平は銃を乱射してくるやつに棒を振るう。
攻撃してこない人間より、攻撃してくる人間のほうが危ないし厄介なのだ。
俺はただ走っているため、後方の足の引っ張り合いには参加していないが、ボウガンを構えた奴が俺に向かって矢を放つ。
わざわざ止まってまで矢を放ったのは、良平に向けて銃を乱射している奴が走っていて狙いが定まらないのを目撃しているからだろう。
コレが早撃ちならば走りながらいとも簡単に狙いを定めてくるだろう。
参加してくれてなくて良かった。心底思う。
俺はそのボウガンの矢を避けながら走る。
相手は俺がまったく後ろを見ないということで油断していた。
狙いが非常に甘い。焦ってもいるのだろう。いつ、良平と銃を乱射している人間が襲ってくるとも限らず、また足は止まっているのだから、いつ襲われるとも限らないのだから。
俺は一度視点を前方だけに向けると、全速力で走る。
銃声がなくなってしばらくして、一つ気配が消えた。弾切れと同時に良平がもう一人コースアウトさせたのだ。
俺はトラックの三分の二まで走ると振り返り、立ち止まる。円自体をたどれば長い距離も、直径にすれば短いものだ。楕円のトラックならばなおのこと。
集中するのは一瞬だ。そして、チャンスも一瞬。
この距離がギリギリの射程範囲だ。
俺は息を止める。
構えた銃は猟奇に向かって銃弾を吐き出す。
トラックに銃弾を弾くいい音が響いた。
相方はやはり相方だ。俺のことをよく知っている。俺がこうやって良平を狙うことを分かっていたのだ。
だが、俺も良平の相方なのだ。良平がどうやって俺の攻撃を避けるか理解している。
魔法を使わないのなら、弾くか、避けるかだ。
弾くのならばどういう棒の運び方でどう弾くか。俺は理解していた。
弾かれた銃弾は、警戒もしていなかったボウガンを持った奴に当たる。
コースアウトするかどうかは当たり所次第だったのだが、当たり所が悪かったらしい。コースアウトする光が見えた。
そうして、俺は再び走るのに集中した。
良平が俺の後でゴールして呆れたようにこう言った。
「だから反則って言われるんだ」
神様呼ばわりされて遺憾そうにしている一織の気持ちが少し解った気がした。
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