「さすがだな、満足いく結果が得られた」
レースが終わった後に満足そうに声をかけてきた一織に、俺は複雑な表情を浮かべた。
キャンキャン吠える魔術師の攻撃魔法もなんのその、魔法無効化の体質を利用し一織は次々と恐怖をばらまく。
一織と青磁が居た組のレースは荒れた。
まず最初に魔術師がやったことは自らの肉体強化でも移動魔法でもなく、攻撃魔法だった。
同じ組に居た七人の走者のうち、二人はあえなくこれでコースアウトした。
魔術師になんの警戒もせず、放って置いた一織はさすがの特殊体質。あの程度の攻撃魔法など一瞬にして立ち消えた。
魔法が消えるなどということがバレてしまったら後々警戒されることもそうなのだが、もっと他の部分で面倒が起こることを知っている一織は魔法をよけたかのように見せた。見せただけで、実際のところ完璧にはよけなかった。
よく注意して見なければ解らない程度なので、普通の魔法使いなら一織の動きのみに注目しただろう。
あの回避速度を越える範囲と速さという点だ。
良平は知っているからこそ、回避速度、それを越える範囲、無効化体質に有効な魔法攻撃についてブツブツ公式を立てていた。呪詛のようで非常に怖い。良平は割と口に出して覚える、組み立てるタイプだ。
さて、そんな打倒一織魔法を考える良平に意識を向けるのはやめ、レースに集中してみると、そのレースは非常に面白かった。後ろから一織がくるのは最早定番と捉えている節がある他の連中は、それでも、魔法を連発する魔術師に回避行動を取らねばならず、スタート位置からの移動を免れなかった。
一織はその魔法攻撃を避けホッとしている人間を次から次へと屠る…もとい、コースアウトさせる。今回は後追いよりスピード勝負へと出たらしい。あっという間にコースには魔術師と一織と青磁だけになった。
魔術師は馬鹿なようでいて力の調整はしていたようで、魔法を使いはするものの、スピードを重視するためと力の温存のため威力を落としたレベルの低い魔法をいくつも連発する。賢い選択だ。
しかし、それに追い詰められるようなら、青磁も一織も有名人などになっていない。
青磁は魔法を避けるだけでなく糸を張り巡らせる。
魔法使いとの共闘を常に考えている青磁は、魔法使いの死角も魔法使いの弱点も知っている。
その上、優秀な魔法使いの邪魔をしない、役に立つことだけを考えていると言ってもいい青磁には、あの魔術師はザルすぎる。
穴だらけの攻撃の合間を縫って、回避しつつ糸で魔術師の逃げ場をなくす。
障害物がないといっても、ある程度の範囲だけである。青磁の糸は広範囲にその手を伸ばす武器だ。その手は遠くの障害物や建物に伸ばされた。張り巡らされた糸は魔術師をいつの間にか追い詰める。
それは、魔術師だけを追い詰めるものではない。
一織の行く手をも遮る。
しかし、一織はその糸の上に乗って、逆に利用する。糸を蹴り、宙を舞い地に降り立った。既に走ってすらいないが、ルール違反ではない。
青磁は派手に左手を振るい、動けなくなった魔術師の急所を攻撃。魔術師は悲鳴をあげることもなくコースアウトとなった。
青磁は張り巡らせた糸に一織と同じようにのると、一織を追いかける。
一織は、糸をきるためにナイフを投げた。
糸が切れ、たわみ、足場を崩された青磁であったが、それも予測済みだ。
青磁の右手の糸が一織を捉えた。
一織が避けるよりも速く、その糸は一織の右腕を捕らえる。青磁がその糸を引っ張る。一織は抵抗することなく引っ張られ、青磁は青磁に向かってくる一織に向かって地を蹴り、トラックのほぼ中心、空中で一織と青磁は対峙した。
空中戦は一瞬だった。
瞬殺が基本である一織が青磁よりも速く右手を一閃。
糸が切られるわ、急所も狙っているわで隙のない攻撃だったのだが、さすが青磁だ。なんとかその攻撃を回避した。
それが一織にとってはチャンスだった。
一織は青磁を蹴って元の位置より進んだ位置に飛ぶ。
青磁がやたら悔しそうな顔をした。
変装前も後も無表情である青磁にしては珍しいことだった。
一織打倒魔法に燃えているとばかり思っていた良平が口笛を吹いた。カワイイペットをあの顔をさせられてご機嫌とは恐れ入る。
青磁も悔しい思いをさせられるばかりではない。着地した一織が走り出す前、自らも遅れて着地しながら糸を投げる。
その糸は一織の足に向けられていた。
一織はそれを糸がやってくる方向に向かってナイフを投げることで回避、青磁より先にゴールした。
糸がナイフに絡まり攻撃に失敗した青磁は、先ほどとは打って変わっていつもの無表情に戻り、走ってゴールした。
「いや、暗殺者こそ…楽しそうでなにより」
「糸というのは使い方次第だな、面白い」
青磁はゴールしてから良平の元に来なかったが、それが良平の強いたルールではなく青磁自身が良しとしなかったところにあるのは明らかだ。
こういうプライドがあるところが良平にとって好ましいようで、良平は鼻歌を奏でそうなほどご機嫌だ。
「まだまだ発展途上。前の武器のがまだ使える」
「…前?」
「昔、猟奇が青磁を拾った時に使ってたんだそうな」
「今度教えてくれ」
良平は青磁に色々なことを選択させている。良平が迫ったものもあれば、そうでなく本人が勝手に選択したものもある。
そのひとつが青磁の武器だ。青磁が武器を変えたのは、良平の傍にいたいからという単純な理由だった。
「ただの惚気話だから、やめておいたほうが」
「武器に興味がある」
「…それはアレ次第だな」
ついに鼻歌が聞こえ始めた。
青磁は一織に負けてしまったがよかったのかもしれない。ご主人様はご機嫌で後で嫌と言うほど構ってくれるだろう。
そして、ご主人様に構われて嫌という青磁はいない。