最終レースのために健気にも控えていた俺に、レースは大変残酷だった。
『はい、障害物競走、最終レースですが。ここで楽しいお知らせです。なんと、私、協奏も最終レースに参加します。そして、最終レースにはなんとー!二年の反則野郎、反則狙撃さんが参加です。こちらは私が指定させていただきましたー。というわけで、地獄の生き残り走、皆さん楽しんでくださいね!』
最終レース直前に聞いた、悲しいお知らせだった。
未だに帰ってきていない人間もいる障害物競走の最終レース開始直後に、協奏はその姿を消した。
恐らく転送を使ったのだろう。
この競技では転送を使えるポイントが決まっている。
ゴール手前などに飛ぶことはできないし、ゴールに直接飛ぶこともできない。
それに、協奏という先輩がそんなにすんなりゴールに向かうとは思えない。
俺はというと、必死にゴールを目指して駆け出した人間が罠にかかる姿や、新たに罠を作っている姿をスタート地点から眺めながら、長距離狙撃銃のナリアを構えていた。
狙うは落とし穴にマヌケにもかかってしまった後輩。
一年生ですでに二つ名を持っている有名人ではあるのだが、こういった競技向きの人間ではない。
穴からはいだしてくる後輩に銃口を向けて引き金をひく。
後輩は振り返ることなく剣を振るうと落とし穴に自発的に落ちていった。
なるほど、簡単に撃たれてはくれないようだ。
「どうしたもんかな」
ゴールへの最短コースは罠の宝庫だろう。かといって、回り道をしたところで、このレースをクリアした人間が通った道は罠が適度に仕掛けられているに決まっている。
罠は避けることが一番だ。
超人的な身体能力を持っているのなら、それらを発動させても回避することが可能かもしれないが、残念ながら、そういった回避ができるほど素晴らしい動きができるわけでもない。
だが、このレースのライバルを消すことならできないことはない。
先程、後輩を撃ったように、罠にかかっているやからを狙えばいい。
それでも、この最終レースは強者しか揃っていないのだから、簡単というわけにもいかない。
俺は中距離銃の二つはいつもどおり腰に下げたまま、ナリアを送還。学園の貸出可能な猟銃を召喚する。
それを片手に、もう片方の手にいくつか魔法石を持って俺は漸くスタートした。
俺は罠が仕掛けてあるだろう場所を飛び越えながら、後輩が這い上がってくるのを、今度は猟銃で狙って邪魔をする。
穴を飛び越える瞬間、後輩が俺にナイフを投擲してきたのだが、それをもう弾の入っていない猟銃を盾にし防御。盾にした銃は投げ捨てて、お決まりの言葉を吐く。
「展開」
それは結界を張るための魔術だ。
石に込められた魔術が発動し、落とし穴に結界を張る。
「クソッ…!」
俺のせいで落とし穴に蓋をされた後輩が悔しがる声を聞きながら、俺はもう一本猟銃を呼び出す。
投げ捨てた猟銃はナイフが刺さったまま学園の武器庫へと送還された。あとの整備が面倒だなぁと思いながら、俺は走る。
普通は最短ルートを避けるものだ。
しかし、どこに罠が仕掛けられているか解らない場所を走るくらいなら、罠が仕掛けられているとわかりきっている場所を走る方が、逆に安心ではないかと思う。
それに、この最短距離のルートに仕掛けられた罠は大抵見ている。
俺の出るレースは最終だったが最初のレースが始まった時から、戦いは始まっていたのだ。
俺はずっと見ていた。
ゆえに迷うことはない。
まず、後輩がはまっていた穴を飛び越えた位置に再び落とし穴。
それは、後輩がはまった穴の前にも用意されており、三段構えの落とし穴となっている。
これは第一レースに参加した人間が開けた穴で、魔法で地面が何も仕掛けられていないように見せかけられている。
俺は三つめの穴に落ちる前に、地面に結界を張った。
後輩の穴に蓋をした結界の一部だ。
俺は難なく三つの落とし穴をクリア。
十歩も歩かないうちに急に現れた低めの壁に手をかける。
壁というより塀といった感じのそれを、手をささえに飛び越えると、その下には再び落とし穴。知っているため着地点をその穴より向こうに定める。
俺は再び結界を地面に張る。
そうしないと再び穴とご対面するからだ。
こちらの落とし穴は二段構え。
「さっすがだねぇい」
俺に声をかけたのは先に走っていった先輩だった。
「後輩はさっさと潰す主義なんだよねぇい、俺っち」
俺は戸惑うことなくその場から離れる前に銃口を先輩に向け、引き金を引く。
「あったらないよん」
小振りの斧が振られる。
当たらないことは予測済みだ。
俺は猟銃を先輩に向かって投げ捨てつつ、ライカを片手に持ち、先輩を無視して最短距離を走る。
「無視かー流石に反則くんはちっがうねん」
違ってなくていいので、ほかと同じ扱いをしてもらいたい。
先輩は俺に向かって斧を振るう。
しかし、俺のいる場所は罠の激戦区だ。
先輩が最終レースに参加しているほどの実力者でも、結構な労力を必要とする場所を俺は走っているのだから、先輩が攻撃しようとすると必然的にその罠を避けながら襲いかからなければならないわけである。
先輩が余計な罠を踏んで俺に襲いかかってくれるものだから、俺は足場を間違えないようにしながらその攻撃を回避するしかない。
先輩が踏んでくれた罠は、矢を発射し、石をふらせた。
結界を展開してしまえば話ははやいのだが、そうなると近くの先輩も守ることになってしまう。俺は結界を細かく指定してはることができないのだ。
俺は矢を避け、石を避けるためにその場から飛ぶ。
着地点を予測して、安全かどうかを判断しつつ、ついてくる先輩になんの攻撃もせず、俺は地面に着地したと同時に素早くしゃがみ、地面の上を転がる。
俺の着地地点には案の定罠が仕掛けられており、ナイフが次から次へと降ってくるようになっていた。
俺は転がりながらそれを避け、先輩はそれを斧で弾いた。ちょうどナイフが切れるなというあたりが近づいた時に俺は、またお決まりのセリフを叫ぶ。
「展開!」
ほっと安心したところに罠を仕掛ける。
罠っていうやつは心理戦だ。
殺傷能力があるものも然ることながら、原始的な罠こそ意外と厄介で面倒くさいものだ。
俺は展開した結界の上に足をつけると、そこを蹴る。
斜め上へと飛び上がるようにしながら、俺は叫ぶ。
「解除」
結界を崩すことや壊すことは俺の専門ではないのだが、一度張ったものを元の状態に戻すことくらいはできる。
先輩が鼻で笑った。
しかし、先輩がナイフのあとの落とし穴にはまらないことくらい予測できた。
俺は飛び上がりながらライカの引き金を先輩に向かって二度ほど引いたあと、手に持っていた魔法石の一つを投げる。
そこには罠が仕掛けられているが、魔法石程度の重みでは発動しない。
「その程度じゃ発動しないよん」
それくらい俺は理解している。
先輩を引きつけながら俺は走る。
落とし穴を引っ掛けないように、できるだけ先輩を罠に巻き込むように、俺は走るというより、飛んで渡っていた。
ある地点に来ると俺はいつもどおり叫ぶ。
「展開!」
先程罠の上に置いた魔法石がほのかに光る。
そして、結界は展開される。
結界に重さはない。重さはないかわりに、形はイメージによって様々に変化する。
例えば半円形。例えば正方形。例えば壁。
長さや大きさも力の保有量さえ許せば自由自在だ。
俺は、イメージした。
小さな長方形。
それは罠のスイッチを押すのに十分な大きさ。
地面に向けて長い、小さな長方形は、罠を発動させるに十分だ。
「なっ…」
先輩が何かを言う前に魔法が作動する。
先輩はでっかい落とし穴へと驚愕の表情のまま落ちていった。
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