「……反則くんは新しい罠知らないと思ったんだけどなぁ」
「あの先輩は知ってたようですけど」
「僕が教えたからね」
先輩が一人消えたと思ったら、もう一人現れた。
レースの最初に消えた協奏だ。
「見られてたのかな?」
「見てたのは俺が走るときめたこの直線コースだけですけどね」
「へーじゃあ、このコースの罠しか知らないのかな?」
ヤケに楽しそうな協奏を眺めながら、俺は首を横に振る。
「なんとなく罠だろうな…とわかるものはありますよ」
「ううーん、君ってやつは厄介な人だねぇ」
俺は魔法石をポケットにいれると、開いた手にフレドを持つ。
協奏と魔法合戦をするつもりはないし、できたら騙し合いの先読み合いもしたくない。
「お褒めに預かり、光栄です」
言いながらも俺は走る。
この障害物競争は、魔法使い参加競技ではない。
しかし、魔法使いではなくても魔法を使える人間はたくさんいるし、複数専攻を持つ人間は参加資格を複数もつことになる。
この落とし穴を作った魔法使いも、そういった類の魔法使いであるし、協奏もそうだ。
「ふふ…君がこのルートをたどるのは、他の参加者に会いたくないからっていうのもあるのかな」
協奏の言うとおり、このルートをとれば他の参加者にあって邪魔される確率が減るのは確かだ。
罠だけに時間を割いて走りたい。
けれど、遠距離攻撃ができる人間には関係ない。
だから、邪魔をされないわけではない。
「それもありますけど。俺は最短ルートを単純に選んだだけですよ」
協奏は槍を片手に笑った。
「そう?ま、僕としては君と遊べればそれでいいんだ」
協奏が地面を蹴る。
俺はそれに合わせて再び走り出す。罠のせいでいやにゴールが遠い。
不意に協奏が槍をふるった。
無意味に協奏が槍を振るうということはない。
おそらく誰かが作った罠を発動させたのだ。
あらぬ方向から誰かの悲鳴が聞こえた。
「僕は君を追い込むのに邪魔されたくないからね」
「また別の機会にしてくださいませんかね」
早くゴールにたどり着きたいものだ。
俺は穴だらけのコースを飛ぶようにして走りながら、わざと仕掛けられた足元の糸を切る。
それは足を引っ掛けるだけで簡単に切れる糸だ。
俺はその場を、サーカスの輪をくぐる芸のような動作で前方に飛ぶ。
俺の頭があった位置と俺の足があった位置に飛んでくる刃物。
誰があんな危ない罠作ったんだと問い詰めたいが、学園のシステムが働いている以上、一発離脱になることがあっても死ぬことも傷つくこともない。
俺に接近していた協奏もその攻撃は予想していたのか、簡単にその攻撃を避けた。
「法術使わないんですね」
「だって、罠を作る以外につかっちゃったら無粋でしょう?」
そういう競技じゃないからねという協奏は、確かに俺と遊びにきたのかもしれない。
法術を使えば空を飛ぶことだって不可能ではない。
魔法をつかうことを前提とした罠も多数仕掛けられているが、武器を使う人間たちが参加しているこの競技は魔法使いには大変優しい。
「だから、走っているんですか。酔狂ですね」
俺はもうライカを元にもどす。
「酔狂でも。それとも、君と遊ぶには全力じゃないとダメかな?」
出来たらその態度を貫いてもらいたいので、俺は、頷いておく。
「俺を舐めすぎじゃありませんか」
「君も僕を舐めてやしないかい」
一応、いきがって、なにも分かっていない風を装って言ってみたのだが、協奏はそれを信じなかった。なめていて欲しいからいったというのに、協奏といい他の連中といい、俺を過大評価しすぎである。
協奏がまた、槍を振るうと頭上から刃物が降ってきた。俺は場所を考えつつ前方へスライディング。落とし穴手前でブレーキをかけ、地面を蹴る。
大変ぎこちない動作になったのだが、そこを逃す協奏ではない。迫る槍に舌打ちしながら協奏の手元を狙いながらフレドを撃つ。
協奏は眉間に皺をよせ、身体をずらした。回避仕切らなかったようだが、致命傷はなく、武器を持つ手もしっかりしたものだ。
けれど、身体をずらしてくれたおかげで俺はなんとか槍を避けられた。
俺は再び仕掛けられた糸を足を引っ掛けて切る。光りの反射で確認するしかできないような糸を切ったと思った瞬間、糸が飛んでいくだろうと思われる方向に配置しておいた手を握ることで糸をキャッチする。
ほとんど運のようなものだ。糸は細いし勢いがいい上に切れやすい。キャッチできるとは限らない。
キャッチできなければできないで、罠を避ける準備をしていたが、キャッチできたのなら問題はない。
「舐めるような度胸はありませんね」
協奏に向けて三発、発砲する。
三発とも別々の急所で、必然的に時間差で放たれたそれは、協奏が大きく横に避けたことで回避される。
協奏はダブル専攻といえど、法術が中心だ。槍が得意で武器を普段から使っている人間に迫るものがあったとしても、武器科のランク上位が得意とする弾を弾くという行為に慣れていない。
追い討ちにもう一発発泡すると、思ったとおり、回避行動をとってくれた。
それは、まさに計算通り。
俺は糸を持っていた手を離す。
そして協奏に降り注ぐ石。
「我が天井はここにあらず!」
明瞭に聞き取れるが、えらく早口な言葉が協奏によって紡がれた。
それは結界となって協奏を石から守った。
「……うーん…君と遊ぶにはちょっと準備が足りない、かなぁ…今回は僕の負けでいいよ」
俺は協奏の独り言を耳に納めつつも前方へと走っていた。
協奏が諦めてくれても、他の人間は諦めてくれない。急いでゴールに入ることが安全と言える。
ゴールは目の前なのだが、ここには大変たくさんの罠が仕掛けられている。
上から下から右から左から後ろから。
もしかしたらゴールからも何かしら飛んでくるかもしれない。
俺は迷うことなくすべての罠を発動させた。
ゴール手前、大きく三歩。
そこから始まる三段構えの落とし穴。
穴と穴の間に足をギリギリ引っ掛けるようにして飛び越える。
そのギリギリ引っかかる場所に設置された糸や、仕掛けを一気に引っ掛けると俺は一度後ろに飛ぶ。
後ろからも攻撃はやってくるため、後ろの攻撃と上からやってくる攻撃だけ気をつけ、タイミングよく飛んだ。
すると、仕掛けすぎた罠である武器や石はある場所ですべてぶつかり、深すぎる落とし穴へと落ちていった。
俺は、ちょっと石にあたりつつも、なんとか回避。
再び前方へと飛び、漸くゴールインした。
大きく息を吐いて、転送位置に行くとちょうど協奏がゴールインしていた。
そう思えば人の邪魔はしたが罠は仕掛けなかったなぁ。人形使いの賭けは失敗に終わったな。
なんて思いながら、選手待機場所に転送してもらう。
結局何位だったんだと見上げた掲示板を見て、一度順位とタイムを確認したあと、こちらに近づきながらニヤニヤしはじめた良平を見かけ、掲示板をもう一度見た。
「ありえない…」
頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
障害物競走、一位。
タイム、歴代一位。
…つまるところ、新記録だった。
「これで反則の名を欲しいままだな」
正直、そんなものはいらない。