◇◆◇



 良平の裏切り者と捨て台詞を吐いて教室へと走り去るという青春ごっこをしたあと、教室で激しい友人将牙に会うというささやかな事件もあったが、無事に無難に授業が終わる。
 クラスメイトは他人事だと思って、俺を見かけては薄青頑張れよと軽く応援してくれた。
 俺は知っている。そう言って応援していく奴らは全員、賭け事に興じているのだ。俺か薄青同盟、どちらが勝つかの賭けである。
「で、俺は叶丞クンに賭けているわけだが、頑張ってくれるかな」
 わざわざ他の教室にまできてそんなことを言う風紀副委員長の快楽主義ぶりは、俺に誰かを思い出させる。まだ、あちらのほうが年の分いやらしいので、副委員長はマシな方かもしれない。
「何でもええんですけど、ちょっと副委員長、声、かけんでくださいますかね。またやっかまれてまいますやろ」
 裏切り者の良平と将牙、クラスメイト、果ては知らない奴にまで暖かく頑張れといわれていると、あっという間に放課後がきた。
 薄青同盟、もしくはその審判となった風紀副委員長は行動が迅速すぎる。決闘をするのは、今日の放課後ということになっていた。
 それの打ち合わせだか、確認だかに来たのだろう風紀副委員長が賭け札を見せながら皆と同じように頑張れという。
「ちゅうか、胴元あんたやないんかい」
「俺だけど。今までの傾向からみて薄青に賭けてるやつ多いんだよな。あ、叶丞クンのよく一緒にいる友人は二人とも叶丞クンが勝つほうだ。美しい友情だねぇ?」
「友情ちゃうで、あいつらひやかしや。ちょろっとしか賭けとらんやろ」
 副委員長は楽しそうに笑った。俺の言う通りらしい。本当にあの二人の友達思いさに足払いをかけたいくらいだ。
「仲いいなぁ……ホント、俺も仲間にいれてちょーだい」
 早撃ちの口真似をする風紀副委員長を無視し、携帯端末を確認するとそろそろいいくらいの時間である。俺はゆっくりと立ち上がり、教室から出て行く。その後を無視したにも関わらず、気にせず副委員長が着いてきた。
「叶丞クンやだー冷たい! 職権」
「はいはい、仲間かなんかしらんけど、勝手に入ってかまへんですから、その脅しやめたってください」
「適当だな。ま、いいけど。じゃあ、半端な敬語なしで頼むな」
「半端じゃなければいいんですか」
「腹立つから、なしで」
 敬っていない上に嫌がらせに使う敬語は確かに腹が立つだろう。立ってもらわなければ意味がない。俺はため息をつきながら、とぼとぼ歩く。
 決闘には応じているがやる気はまったくない。皆が頑張れとはいうものの、簡単に負けてしまおうかとも思う。
「だいたいなんでボードゲームになってんや」
 ポツリと独り言をこぼすと、副委員長も何度か頷いた。
「俺もねぇなと思ったんだけど、なんか研究塔の介入があったみたいで」
「ちょい待ち、嫌な予感しかせぇへんぞ」
 副委員長に会うと高確率で厄介なことになるのと同じで、研究塔が関わるとろくなことがない。年がら年中研究の実験といっては善良な生徒を脅かしているのである。
「その予感あたってんじゃねぇの。ボードゲームに仕込んだっつってたから」
 今回決闘で使われるボードゲームはエスゴロクといって、サイコロを二つ振って、コマを使ってスタートからゴールへ向かうものだ。ゴールへ一番最初にたどり着いた人間が勝者となる。
 このエスゴロクにはいくつかに区切られた道があり、一区切りをマスという。このマスには一回休む、二つ進む、スタートに戻るなどの指示が書かれており、何か書かれたマスにコマをとめた場合、そのコマの持ち主はマスに書かれた指示に従うことになっている。
 この指示というものが曲者で、意地悪なエスゴロクの場合、進んだり戻ったり、休んだりという指示だけではなく、現実世界で何かをする指示があったりするのだ。
 そのエスゴロクを研究塔の介入で決闘方法にされたというのである。研究塔がエスゴロクで何かの実験をしようとしているのかもしれない。それか、エスゴロク自体が何かの実験だという可能性もある。
 どちらにせよ、その実験に付き合わなければならない人間は溜まったものではない。
「今から下りたりとかは……」
「できねぇよ。そのために俺が来たんだから」
 風紀委員長が来た時点で俺は色々なことを怪しみ、ケツをまくって逃げるべきだったのだ。後悔してももう遅い。
 俺は仕方なく、決闘会場へと向かったのであった。
next/ hl-top