◇◆◇



 エスゴロクというのは、あくまでボードゲームだ。盤上で行うゲームのはずである。
「うわーすげーでっけーえすごろくだねー」
 驚きが通り過ぎ虚しさが俺に留まった。
 コマではなく人間が走ろうかという大きさのエスゴロクがそこにはあったのだ。
 盤上に納めるには大きすぎた。
「そうだな、でかいな」
 それは風紀副委員長も普通に頷こうというものだし、俺だっていつもの口調がおかしくなろうというものである。
「ないわ……まさか、コマは自分自身とかいわへんよな」
「いや、さすがに……どうだろう」
 審判すらわかってないというのはどういことなのだろう。
 研究塔が関わってきた時点で、副委員長は審判というよりも見届け人に近いのかもしれない。今回の巨大エスゴロクのルールなど知らないだろう。
「なんや説明あるんやろか……」
「当たり前だよ、叶丞くん!」
 俺がぼやくと、床がせりあがり、俺とはエスゴロクを挟んで反対側に薄青同盟の七三眼鏡が現れた。出来すぎた登場にびっくりしたいところであったが、それよりもその前に居る人間と、その人間のサイドにいる連中のことが気になって仕方ない。
「なんで、副会長様がおるんですかね……?」
「それはボクが説明しようかな!」
 そう、七三眼鏡の前に立っていたのは生徒会副会長だった。俺と副委員長は彼らを見上げた状態で、副会長のサイドから一歩足を進めた人間に目を向ける。
 眼鏡だ。
「いや、俺のことだ。俺が説明しよう」
「はいっ、副会長様!」
 せり上がった床には眼鏡、眼鏡、眼鏡と眼鏡をつけた人間しか乗っていなかった。
「この間はどうも」
 爽やかに笑う副会長は、細長い長方形が並ぶフロントの眼鏡だ。色は何処で見つけてきたのか問いたい深緑と紺の斑である。上品にレンズを囲うフレームは細いが、つるは少し太めの憎いお洒落感が漂う。たまにグラスコートまでつけているのをみかけるため、本当にお洒落さんなのだろう。
「ど、どうも、です……」
 呆然と返事をしながら見る先には新たな眼鏡だ。三角のレンズを二つ並べた、教育ママか厳しい家庭教師かといったシャープなものである。色は朱色に近い赤で、つるも細く、全体的に細い印象が強い。つるを押し上げるたびに光るのは七三眼鏡と同じ仕様だろう。
「彼らに話を聞いて、俺のことなのだから、俺が出向かなくてはどうすると思って、参加させてもらった」
 そして俺に決闘を申し込んできた七三眼鏡の眼鏡は、やぼったくもみえる正方形に近い眼鏡だ。得意げに副会長のもう片方のサイドにいる彼の眼鏡は、一段と輝くレンズを抑えるかのような黒縁である。逆にそれが彼の個性を輝かせる一品と化している。
 三者三様似合っており、個性を見せる眼鏡だった。
 ここは眼鏡売り場かと思ってしまいそうである。魔法で視界を強制することもできれば、コンタクトもあった。目の手術だってできるのだ。裸眼の人間だってすくなくない。
 眼鏡がここまで揃うことはそうない。
「ほな、あれですやろか。三人でエスゴロクっちゅうことに」
「いや、二人で」
 俺は眼鏡の衝撃から抜け出せず、ぽかんとした間抜け面のまま首を傾げたことだろう。
 エスゴロクの巨大さにびっくりし、眼鏡が並び、最後に副会長が俺とエスゴロクをするというのだ。
 いったいどう反応していいのかもわからない。
「俺と、副会長様とですかね?」
「そうだ。俺のことだから、俺が対応すべきだろう?」
 副会長の言っていることはもっともである。
 しかし同盟の連中はそれで納得したのかと思い、副会長のサイドを見てみると、二人ともうっとりとした顔で副会長を見つめていた。怪しく光る眼鏡をかけていてもそれはよくわかる。どうやら、納得しているようだ。
「君は俺とこれをするとは思っていなかったんだろう? かまわないだろうか?」
「あ、はい」
 負けるつもりですらあったのだから、誰が相手であろうとそう変わらない。
「じゃあ、ルール説明は、そこのボタンをポチっと押してからにしよう、叶丞くん!」
 七三眼鏡が嬉しそうに発言するため、俺はふらふらと促されるまま、ちょうど彼らの真正面にあたるだろう場所まで行き、赤いボタンを押した。
 するとどうだろう。俺の乗った床も競りあがったのだ。
「わーおー」
 俺とともにせり上がる床に乗っていなかった副委員長の声がほんのり遠くから聞こえる気がした。
 これから説明されるだろうルールが頭に入ってくる気がしない。
next/ hl-top