結局、トーナメントの優勝者は決まらず、今回は準優勝者としてアヤトリが自分のチームに点をいれた。
体育祭で、一応チームに分割されているといえど、個人個人で競技をしている感覚が強いせいか、この何色のチームが優勝だとか、何色のチームがリードしただのというのは、流れ作業のような感覚がある。
すべての競技が終わったあと、さっさと離脱をきめこみ、ついでにシャワーを浴びたあと、誰に連絡するでなく腹の訴えるまま食堂に向かった。
「あ、ちょお、そこのお兄さん」
歩いていると見覚えのある後ろ姿を見つけ、俺は声をかけた。
「……おや、今回の体育祭のMVPがこんなところでいいのかな?」
俺の武器が武器であったせいか、それともこーくんに聞いていたのか、千想さんは俺が反則狙撃であることを知っていた。
「変装しとらんからわからんやろし、ええんと違う?しかし、あれやな、千想さん、あれやったんやって?将牙の片割れの元恋人やったんやって?」
黙るだけ黙っていたのだけれど、どうも、この体育祭で色々な人に姿を見せているらしい千想さんに尋ねると、千想さんは困った顔すらしなかった。
「僕は、まだ普通に『恋人』のつもりなんだけどね?置いておくとするよ」
同じように食堂に向かう歩みを止めず、なんとなくそのまま話しながら一緒に食堂に向かう。
「せやの?遠恋かー…辛い?」
「うん、連絡なかったし、連絡しなかったし」
「それは、自然消滅的なもんと違います?」
それには肩を下ろすだけという回答をくれた千想さんは、やはり、まだ恋人のつもりでいるらしい。
「それなら、あれやな。感動の再会とかしちゃったりとか」
「いや、それもまだなんだけどね。いざ会うとなると、ほら、緊張しちゃうというか?」
恐らくわざとである。
これ以上藪を突いても、いいことにはならないどころか、巻き込まれかねないので、俺は話題を変えた。
「そや、あれからちょっと考えたんやけど、俺の秘密ってなんなん?」
「あれ?そんなにわからないものなのかい?」
ちょうど、寮の各部屋から玄関、食堂に行くまでにある広間というか、ロビーというか、踊り場というか…狭くもなく、広くもない場所に出る。
見る限り人のいないその場所で、千想さんいわく俺やこーくんにとっては普通のことで、どうでもいいだろうことを聞いた。
聞かれても別にいいと思っていたのだ。
一応『秘密』だということで色々な気配をなんとなく探っていて、友人達の気配も近かったが、それが来るまでに終わるだろうなとも思っていた。
「君が完全試験管培養で、寿と細胞交換があった話だよ」
「あー、ちょっとちゃうんやけど。大まかに言えばそんな感じなんかなって、そんなこ」
俺が全部言う前に、あらぬ気配が突然動いた。
急に現れたといっていい。
俺の視界に急に入ってきた会長は、驚きで目を見開き固まった。
え、驚きたいのはこっちなのですが。
寮内で横着良くないと思いますよ、会長。



◇◆◇



「転移…?会長…?」
おそらく、真っ先に視界に入ったのは弟。
俺も傍にいたにもかかわらず、弟に視線が向かった。
「兄貴、話はあとで…ッ」
弟が焦っていることを感じつつ、俺は頷く。
そこにきてようやく、キョーが俺に気がついた。
「ひぃもおるやん。なんや、急に現れてびっくりしたん俺なんやけど」
「いや、完全試験管培養はさすがに驚くだろ」
「えーそんなん聞こえとったん?空間転移ってどのあたりから空間が混じるもんなんやろなぁ」
「興味深いテーマだな」
そんなことを言っている間にも弟は足早にその場から離れようとした。キョーが、その背中にポロリと呟いた。
「…あれ?なんや、気にするとこなんこれ…」
本人が気にしていなくとも、大変デリケートな話ではあった気がするのだが、キョーがそうであることによって今ここにいるならそれでいいし、少し羨ましいとさえ思った俺は頷いた。
「他と違うことだし、少なくないとは言え、多くもないぞ」
しまったというように一瞬止まりすぐに歩みを再開した弟の背を見送ったあと、少し寂しそうな顔をしたキョーは、小さく首を横に振る。
「俺としては普通やってんけど。そっか、会長も……副会長も、魔術大国出身やったっけ?」
「…副会長?」
不満げに呟くと、キョーが少し笑った。
「…あー、ひぃ」
「よろしい。…あそこは機械文化を真っ向から否定しているからな。試験管で培養されていること自体には寛容だが、試験管からでることを先んじられたことについては嫌悪を示す」
「ホムンクルスと違うっちゅーに。クローン自体はやっとったやろ?」
「そっくりそのまま作り上げることができても、替えのパーツ程度の扱いだ」
「うちとこも似たようなもんやけど、人道的問題で、部位を作ること以外したらあかんことになっとる。せやけど、遺伝子をいじることは許可制やけどできるし、審査が必要なんやけど元の提供さえあれば一から生むこともできる。これはクローンと違て、あっちでは割と一般的っちゅうか…」
「叶丞くん、ちょっと、焦ってる?」
まずいことしちゃったなぁ…と呟いて千想が首を傾げた。
やたら説明臭いことを言っていることや、誰も聞いていないことを話していることが、それを思わせた。
キョーはしばらく、俺でも、千想でもなく、弟が去っていった方を向いたまま、顔に片手を当てたあと、ため息をついた。
「あっかんわー…思たより、重症やった」
「……俺にしとけばよかったものを」
呆れたように言ってやると、キョーが振り返って仕方ないと笑った。
「おっとこまえやわ、おひぃさん」
「だろう?ちょっとなら待ってやるよ」
「うわ、偉そうやわー。そやね、考えとくわ」
それじゃあ、一生俺の番は来ないだろうな。そんなことを思いながら、俺は、こんなに中途半端に失恋させやがってと千想を見た。
視線で謝罪を訴えかけてくる千想に笑顔を作ってやる。
絶対許さん。
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