「ルールを説明しよう、叶丞くん」
「あ、はい」
ある位置で止まった床から見下ろすと、巨大なエスゴロクが見えた。エスゴロクはでかいだけで、普通のものとそう変わりない。むしろこの巨大なエスゴロクは特に何か書いているわけでもないので、ゴールも簡単そうである。
その巨大なエスゴロクのまわりに、暇を持て余した学園生たちがあつまってきていた。上から見ているとそれらもよく見える。観戦して楽しむつもりなのだろう。
「ランダムでコマが選ばれるからそれを使ってゴールを目指す。ゴールはお互いの陣地。そこに行くまでのマスには一定時間ごとにランダムで罠や指示が出るのでそれに従って貰う。ただ、三つだけ自分で罠を仕掛けることが出来るようになっている。ちょっとハイテクになったエスゴロクと考えてくれてるかい、叶丞くん」
「はぁ」
どうも生返事になってしまうのは、まだ驚きがぬけきってないせいだろう。嫌な予感がするものの、どうしても逃げたいわけでもなければ命の危険があるわけでもない。何か力が抜けていた。
「それで、そのコマというのは、今から出すコンソールで操作して……」
「え、そんなもんまで出てまうん……?」
急に床から音がしたと思うと、本当にコンソールが出てくるのだから驚きである。もう、このエスゴロクについてはなんでもありなのかもしれない。
「技術的には遅れとっとるって思うとったんやけどなぁ……」
「これは魔法機械都市からのお下がりの魔法を弄って作ったものだそうだよ!」
俺の呟きが聞こえたわけでもないだろうに、補足とばかりに赤眼鏡が声をかけてきた。俺はそれに納得し、勝手にコンソールを触り始める。
このエスゴロクが魔法機械都市製だというのならば、俺にとって馴染みがあるものだ。何故なら、俺は魔法機械都市出身で、そういったものを身近で扱っていた人間が居たからである。
俺が知っている限りではコンソールは出たままだったが、床がせり上がるくらいなのだからコンソールだってりせり上がってくるだろう。様々な技術は日進月歩である。
「待て待て叶丞くん! 勝手に触って何かあってはならない! 副会長様は魔法機械都市にいらしたからわかるかもしれないが、君は」
「あー……大丈夫ですよって。俺、魔法機械都市出身ですし」
俺が知っているものと同じであるのなら、今はエスゴロクを表示しているこの機械は、シュミレーションをするための機械だ。
俺がこの学園に来る前に居たところでは様々なシュミレーターがあり、その一つの仕組みを理解した上でうっかり壊したこともある。
「ああ、もしかして、君が魔法機械都市から来たのに馴染みすぎてわからない編入生?」
俺と同じようにコンソールを勝手に触り始めた副会長が、俺のことを知っていたらしい。本来ならしないはずのひょろんひょろんというおかしな力の抜ける音でコンソールのボタンを押しながら、副会長は爽やかに笑った。
この短時間にコンソールのボタン音の設定を変えるとは、副会長もなかなかやるなと変な感心をしつつ、俺は一応頷く。
「中等部の時に編入しとりますし、この学園おらんなったり入ったり激しいですし、そんなもんとちゃいますかね」
「そうか? 俺はこことあちらの違いにびっくりしたんだが」
副会長は首を傾げる姿さえ爽やかである。もしも近くに居たら、その爽やかさに香りまでついてきたかもしれない。
「違いは確かにありますけど」
そのあとを声にする前に俺のしたかったことが出来た。俺は決定ボタンを押す。
すると映像がぶれ、エスゴロクに背景ができた。いつだったかに記録映像で見せてもらった南のほうの森だ。色鮮やかな鳥が鳴き、個性的な顔をした猿まで再現される。蔦や映像でしか見たことがない花や草まであった。これらは今では何処に行っても発見出来ないものらしい。この背景はエスゴロクにはなんの影響もないものだ。負けるのであっても少しの間楽しもうと思ったのである。
このエスゴロクのゴールは、お互いの陣地だ。そこに花と豪華なイスを設置する。
それだけのことで、集まってきた観客や、薄青同盟の二人が驚きの声を上げたため、俺は口を閉じた。
副会長だけがしばらく俺をじっと見つめた後、苦笑する。
「……ルールは他にあったりするか?」
「いえ、ないです、副会長様。強いて言うなら、先ほど言ったルール以外は学園流ってくらいです」
その学園流というやつが一番大事なのではないかと思いつつ、俺に続きを促すことなく笑うだけで済ました副会長を倣って俺も笑っておいた。