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どうしてアレなんだ?
…兄貴が好きなら、アレが好きなら、俺にはどうやったって、どうにもできない。
どちらにどういった感情を持っているかもわからないままだった。
俺が悩むと、いつも兄貴は俺の話を聞いてくれる。それは、生まれてからずっとそうだし、たぶんこれからもそうだ。
兄貴はいつも、タイミングを逃さない。
兄貴との話を聞かれたくないのもあって、移動に転移なんて使ったのが良くないのかもしれない。
俺は正直に、兄貴に話したのだ。
兄貴がアレを好きなのがどうしてだとか、アレが普通でないのは知ってるだとか、いつの間にか考えることが多くなったことだとか。
兄貴が何か言う前に、転移したい場所に俺達はたどり着こうとしていた。
「…君が完全試験管培養で、寿と細胞交換があった話だよ」
それは、俺の居た場所では有り得ないことだ。
けれど、それより、そこにいた人物に、俺は驚愕する。
何もそんな偶然がここになくてもいい。
誰が、そういう存在であっても、俺は技術の躍進というものに、驚くだけだっただろう。それは多少なりと驚くし、どういった対応をしようか悩むものがある。しかし、よりによってアレがそれである必要はない。
あまりのことに俺は混乱する。
何が?どうして?なんで、アレなんだ…?
俺は自分の考えがまとまるまで少々時間が欲しかった。
だから兄貴さえも、避けた。
それなのに、アレはタイミングも時間も、何もかも無視して俺の目の前に現れる。
どうすればいいのか、全くわからない。
わからないから、近くに来て欲しくはなかったし、いつもどおりを装えばダメになった。
装いきれず、言葉はやたら強くなった上に、表情だってごまかしきれないものだった。
俺は、混乱していた。
兄貴なら、きっと、苦笑するだけだ。兄貴なら、うまくやっていたはずだ。
俺だから、こうなっている。
なんで、アレは俺を好きだとか言ったんだ。
違えば、よかった。
「……、悪い」
俺じゃなければ、俺が、おまえのことを、考えていなければ。
それは不愉快だったのだろう。
珍しく俺に不快を示したアレ。
俺は、そんなつもりはなかった。アレが、気持ち悪いとか、嫌だとか、生まれ故にそう思うことはなかったのだ。
ただ、こんな中途半端ながらに、アレのことと兄貴のことしか考えてない俺には、現状、アレとの接触は、正直、怖いことだったのだ。
何が怖いのか、自分でもよくわからないというのに。
こちらに一切目を向けることなく去っていったアレに、振り返ることもできず呆然としていると、兄貴が俺を迎えに来た。
どれくらい呆然としてそこに立っていたかはしらない。
けれど、生徒会の用事でバタバタしており、この近道を選んでいた俺を迎えに来る程度には時間はたっていた。
「十織。何かあったか?」
「……なんで」
兄貴に何かを秘密にするという習慣がない俺は、ただ、つぶやくしかない。
「なんで、アレは、俺なんか好きなんだ」
兄貴はため息をついて、何か理解したらしい。
「キョーに会ったのか。それで、まずいことあったんだな?どうせ、お前のことだ。また無駄に悩んでるんだろ」
「兄貴には無駄でも、俺には無駄じゃねぇんだよ…!」
兄貴は俺の頭に手をのせ、俺の髪を乱すようにかき混ぜた。
「…お前、俺がなんでもできるって思いすぎだ。大体、自分のこと引け目に思いすぎだしな。できることは俺よりお前のほうが、多いんだぞ」
そんなわけがないのに。
兄貴は、いつも俺を甘やかす。
「わかってねぇだろ?俺は、兄貴だから、ちょっと無理してでも兄貴してるだけで、お前のほうが持ち物は多いんだ。俺は、三年分多く持とうとしてるだけ」
兄貴はそういうけれど、俺にとって兄貴は絶対だし、これほど完璧だと思える人は兄貴しかいない。
「……俺は、兄貴みたいになりたかった」
ぼやいた俺に、兄貴はただ苦笑して、俺に生徒会室に行くように促した。
「俺はお前になりたかったけどな」
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