会長はブラコンである。大変なブラコンである。正しく、兄がコンプレックスであるし、その兄である一織も会長に大変コンプレックスを持っている。
「…会長、高等部入学式の時、壇上から降りたあと、ホッとしてため息ついたやろ」
「あ?」
「ひぃにはああいうとこないやんなぁ。そういうことやってんけど…」
説明し難いのだが、ひぃは息が詰まってもひとりでも生きていけそうだが、会長はちょっと一人では生きがたそうな感じがしていたのだ。
近づいてみれば兄弟揃って首を絞めている感もあるし、こうなってくるとどちらも、不本意ながら、俺が止めをさした感じになってしまっている。
「それに、ひぃ、いいやつやけど、そんな持ち上げるほどいいやつともちゃうよ」
「ハァ!?」
近づいたからわかる。
会長が生き難そうなのは、ブラコン故だ。それを改善しなければ恋なんてできようはずがないし、息もうまく吸えないことだろう。
眉間に思い切り皺を寄せた会長に苦笑して、俺は、心持ち居住まいを正す。
「会長、好きや」
更に眉間に深い谷間を作る会長。
「ちゃんと振ってもらおうと思うて」
そうすることによって、俺はコンプレックスを刺激する要因として少し離れるだろう。少し緩めなければ、絡まったものも元には戻らない。
「……今更か」
「そやねぇ…でも、ちゃんと告白もせぇへんかったし。せやからなぁなぁで、気に病むようなことになるんかなと思て」
「病んでねぇ!」
「左様で…」
こうなって初めて、結構気にしてくれていたと思う。しかし、会長には少し、俺の思いは重かったようだ。軽くても嫌ではあるが。
「……謹んで、お断りします」
俺にきちんと向き合った会長は、それでもバツ悪そうにせっかく合わせた視線を反らして、断りの言葉を述べた。
そういうところが可愛いんだけどなぁ…と思いつつ、俺は、自分の気持ちに一区切り付けることにした。
「ありがとうな」
今度は叩けなかった肩を軽く叩けた。
少し、会長の身体が強ばったが、今度は会長も謝ったりしなかった。
「うん。じゃあ、またお友達からで」
「お友達からじゃねぇよ。お友達になれないかもしれねぇくらいだ」
それはまたスタート地点が非常に遠いところだ。
「ええ…会長、ケチやわぁ…」
「ハァ?つうか、さっさと出て行け。邪魔だ」
冷たい視線が身に刺さる。
いつもどおりの会長に、ほっとしつつ、俺は名残惜しげに生徒会室の窓からベランダに出て、外へと飛び出す。
「おい、そんなところからって、ここ7階だぞ…!」
上の階より手が伸びてくる。
一織の指示により待機していた良平の手だった。
もしものことがあって、逃げるときは窓からと指示されていたのだ。
もしもはなかったが、なんだか、俺も思うところあって、そうさせてもらった。
「んじゃまた」
「死ね!!!」
一瞬とてもビックリした会長を見れた。少しは心配してくれただろうか。
俺は良平の手に引っ張られながら八階の会議室のベランダに無事たどりつくと、良平と、良平を支えていた青磁に礼を言った。
「で、どうなったんだ」
「振られた」
「……諦めるのか?」
「どうなんやろ。今は、ちょっとすっきりしとるわ」
「そうか」
「悲しいなったら、慰めてくれたりするん?」
青磁がとても嫌そうな顔をした。心が狭いワンコである。
主人である良平は、もっと嫌な顔をした。…鼻で笑ったのだ。
「誰が?」
「わーい。親友が冷たいー。青磁の気持ちがちょっとわかったわー」
「お前にわかる程度のものではない」
きっぱりとした拒否があったが、それほど良平の青磁いじめは過酷なのだろうかと、憐れまないでない。
「良平さんの冷たいのに、あとから飴をくれるような、あの…」
ああ、もっと複雑なものだった。
若干、良平が微妙な顔でワンコを眺めている。ちょっとやりすぎたかなという顔だった。