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良平が言った。
「叶丞、会長に振られたから、お前とのことも白紙だろ。イーブンイーブン。フリーだから、押していけ」
「……は?」
「文化祭あたり、ほら、カップル乱立するだろ?」
「いや、だから、何が?」
良平の言っている意味が理解できなかった。
十織がキョーを振ったというのも、意味がわからなかったし、それで白紙になったから、押していけと言い出す良平もわからなかった。
「叶丞、意外と押しに弱いだろ。あいつ、流されるタイプだ」
「だったら、今頃アイツ、俺に落ちてるだろうが」
「あー…違いない」
ケタケタと楽しそうに笑い、書棚の魔術逆引き辞典を取り出しながら、良平は続けた。
「俺さぁ…一織応援してんの。あんな根性なしに相方やるくらいなら、一織に差し上げたいわけ」
十織が『根性なし』と言われるのは、思い当たる節があるので仕方ない。しかし、キョーはお前の所有物か。
「顔似てるけど。性格は一織のがネジ抜けてて好きなんだよな」
「…大変失礼なことを言っている自覚は?」
「ないわけねーだろ、わざとだし」
叶丞も質の悪い男とコンビになったものである。
「諦めてるのもわかってる。だって、一織、十織には最終的に、かなわないって思ってるもんな。そこ、乗り越えたら、一織でも十織でも、いいわ。でも、十織には可能性見えねーんだもん。つまんねー」
お前の娯楽のために恋愛をしているわけではないと言ってやりたいところであるが、こんな質の悪い男に、相方の恋人候補にされているのは『見所がある』と褒められているのだろうか…とも思わないでもない。
遠まわしの慰めなら、すごく遠いが、受け取ろうとも思った。
しかし、良平は本気だった。
「叶丞、あんまり物事は引っ張りたくないらしいし、今回の振られたのも明日には方向転換してくるだろうし、今のうちに印象づけて決定づけておけば、方向の変わり方もちがうんじゃねーの?」
つまり、十織に振られたが諦めないで好きでいようという方向に持っていくのではなく、振られたのなら諦めて次に向かおうの方向に持って行けと良平はいったのだ。
「…泣き落としでもしろってか?」
「あ、いいねー。弱そう。つーわけで、行ってこいよ。ほら」
などと言われて良平の部屋から追い出され、仕方なく、前と同じ部屋故に遠くにあるキョーの部屋を目指した。
泣き落とししても欲しくはある。しかし、弟のことは本当にいいのか。それは俺を代用品として差し出す行為ではないだろうか。大体、良平も勝手だ。応援といっても何を自分勝手な。それに、十織もあれだけ悩んでおいて、キョーを振るとは馬鹿なんじゃないだろうか。それとも何か。まだ俺がどうとか言っているのか。おまえが言ったんだろうが、またお前を選ぶようなやつと、最初にいったのはお前のくせに、なんでお前にそこまで悩まれなければならないんだ。俺だってお前がコンプレックスなんだぞ。いい加減にしろよと思うが、俺もお前に甘いから悪いっつか、ホント、クソ。つうか、キョー。あいつが一番悪いんじゃねぇか。何たらしこんでやがんだよ。男たらしてんじゃねぇよ。
そんなことを考えているといつの間にか俺は走っていた。全力疾走だった。
そして、インターホンを嫌というほどならして、出てきたキョーの表情に唖然とする。
あくびしながら出てきやがったのだ。
気にしているのは俺だけなのかと、腹立たしい思いを引っ込めたつもりで、お前らがそういうつもりなら泣き落としでもなんでもしてやろうじゃないかと自棄になった。
嘘泣きだった。
我ながら、上手いこと泣くふりができた。
だが、泣いていいかと聞かれて、ちらりとあちらからこちらの表情が見えないように見たキョーは、なんだか少し寂しそうだった。
無性に腹が立っていた。
諦めたつもりだったし、そのうえで友人として付き合っていくつもりだった。弟が盲目的なほど俺を崇めていることで悩むくらい気にかかった人間があれほど本気なんだから、俺には勝ち目はないと、勝手に思い込んだ。
結果が、これだ。
何にもならなかった。
諦めていいことなんてなかったし、結局腹はたつし、なんで俺じゃねぇんだろうって思ってる部分もある。
結局、諦めきらない。
何か、無性に泣きたくなった。
それなのに、キョーがそばにいてくれるというものだから。
嘘泣きだったのに、思わず、少し、泣いた。
畜生。やっぱり、好きだ。
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