三年生の教室にいる時間は短い。
座学という座学は二年生の教室で受けているからだ。
武器科の座学の多くは必修のものを引き継ぐ形になっている。卒業単位の修得は、演習や課題、イベントごとの結果などで得ることができるため、脳筋が多かったりする武器科の人間は座って学ぶということをほぼ、選択しない。
そうなると必修の座学も少なくなってしまっている三年生の教室に行くことなど、本当にないことなのだ。
だから、三年生と友好を深めるとか、三年生と意味もなく話をして盛り上がるとかまずありえないこと…なのだが、物事には何事も例外というやつがある。
「あ、それ、リネア社のサイレンサーだろ。俺もよく使う」
「あ、やっぱり違いますよねぇ、リネア社。こう、音も上品ちゅうか、摩擦力も格段と…」
「そうそう。わかってくれるか!?今まで誰も理解しちゃくれなかったんだがな…!」
粘着質で有名な焦点先輩…九我里(くがり)先輩は、どんな時でもサイレンサーを携えて襲ってくる先輩だ。
そんな先輩に狙われていた俺であったが、演習時にふと見たサイレンサーの種類の多さに、銃器マニアでスナイパーの俺が目を瞠った。
映像で見ても、いくつか使い分けている様子が見て取れたのだが、まさか、そんなにも持っているとは思わなかったのだ。
つい、先ほどの授業まで。
銃を扱う人間は、命中精度が落ちてしまうと、とたんに使えなくなってしまう。それは日々の鍛錬で磨かれ、キープされるものだ。
故に、三年生になっても射的といわれる授業が週に何回か入っており、それ以上に毎日射撃を自習するのが、銃選択者の当たり前だ。
もちろん、自習時間にはばらつきがあり、早撃ちなどは、一日に一回、集中して5分の間だけと決めているらしい。
そこにたどり着くまでどれほどの時間を費やしたか、また、イメージトレーニングや基礎体力、反射神経を鍛えるものは別なのだが、無駄に弾は撃たないのが、彼の信条らしい。
そんなわけで、射的の授業中、なんとなく先輩をみていると、先輩はサイレンサーの調子を見るようにサイレンサーを何度か付け替えて射撃練習をしていた。その、サイレンサーが見るもの見るもの、全部違うので、思わず声をかけてしまったのだ。
「意外と話せるやつだったんだな、反則野郎…」
「褒められてる気がせぇへん名前やめたってください」
「何故?最高の褒め言葉だぞ」
さすがいついかなる時もサイレンサーを手放さない先輩だ。
彼のセンスは独特なようである。
…サイレンサーを手放さないのは、センスの独特さというより、先輩が武器を使う場面や先輩の戦闘スタイルによるものなのだろうけれど。
早撃ちが中距離、俺が長距離から超長距離を得意とする人間ならば、焦点と呼ばれているこの先輩は近距離を得意とする人間だ。
銃で近距離とは、銃の利点を消すようなものであるが、近ければ近いだけの利点を銃はもっている。
銃の利点は、飛び道具であるということ、そしてそれが速いということ、銃弾という小さなもので致命傷が与えられるということ。
場所さえ考えれば、どの武器でも致命傷など簡単に与えられるのだが、スピードという面において銃ほど簡単で速いものはない。
引き金さえ引けば弾は飛んでいき、当たれば鉄の塊が突き刺さる。
そのスピードゆえの攻撃性は、小さいが故の鋭さがある。
しかし、そのスピードを得るために火薬や摩擦を利用した機器は、人に反動というものを与える。
しっかりと支えることができなければ弾道はブレる。さもすれば見当違いの場所に弾は飛んでいく。
簡単でありながら、狙ったところに当てるということが難しい。
それは遠ければ遠いほど難しく、近ければ近いほど、簡単だ。
距離がゼロならば引き金を引くだけで、当たる。
ゼロ距離で当てるくらいならば銃でなくてもいいが、それは距離をゼロにできた場合のみに有効な手段なのだ。
ゼロにできなければ、銃のような飛び道具は強い。
「そう思えば先輩」
「何だ?」
「暗殺者と戦ったことありますよね?」
近距離といえば、一織だ。
焦点は暗殺者と同じように、人に近寄っては攻撃をしかけてくる。しかもサイレンサーを使っているので、その姿はまさに『暗殺者』といって差し障り無い。
「真面目に戦ったことはない。が、アレは戦いにくかった。距離がかぶるし、距離をとれば……ああ、そっか、反則野郎のライバルだったな。そりゃあやりにくいはずだ」
だから反則野郎というのはやめてもらいたいものだ。
「俺としては、なんで長距離から超長距離が専攻みたいなもんやのに、中距離から近距離で戦わされとるんやろう…という気持ちなんですけど」
そして一織とライバルになった覚えもない。
「で、なんで暗殺者が出てくるんだ?求愛失敗でもしたのか?」
「……その話、先輩方にも有名やったんですねぇ」
「当たり前だ。ま、なんの動きもないから、たまたま偶然って説で落ち着いた感はあるな」
そのとおりたまたまで偶然だった。
「暗殺者はあれですわ…なんや先輩と似とるなと思いまして」
「…似てる?戦闘スタイルか?」
「はい。しつこいとこもよう似てますよ」
「よすがを求めてくれてもいいぞ、いつでも暗殺者の真似事はしてやる」
ふふんと鼻で笑った先輩に、俺は同じようにふふんと笑った。
「そういうとこは早撃ちやと思いますわ」
早撃ちとなると、完全に範疇外である。
俺の返しに先輩は存外嫌そうな顔をした。どうも早撃ちは先輩方にもちょっと嫌がられているようであった。
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