「ルール説明も終わりましたので、風紀副委員長、エスゴロクの枠の真ん中あたりのいい感じの床に……」
 たいしてルール説明が行われていたようには感じない。それでも赤眼鏡がそういうのだからそうなのだろう。
 風紀副委員長がいい感じの床とやらと一緒にせり上がってくる間に、俺はルールを反芻し、自分なりに考えた。
 巨大エスゴロクはエスゴロクと同じで、先にゴールした者が勝利だ。しかしゴールをするには、普通のものと同じようにコマを進め、留まったマスの指示に従わなければならない。
 その指示は一定時間ごとに出るということは、二マス進むと書かれていたマスの表示が急に消えたり、変わったりするということである。つまり、油断していると何が起こるかわからないということだ。厄介な指示を避けたいのなら、指示が決まっているうちに進めるスピードが必要である。
 そのマスを進めるためのコマにしても、ランダムで選ばれると説明されたことから、コマにも特性があるのかもしれない。カードゲームの絵柄や数字で役目が変わるように、あるいはチェスのようにだ。使われるコマが複数であるという説明がないことと、普通と変わりないという説明があることから、一つのコマにその特性がある可能性がある。この場合、ランダムとはいえ、プレイヤーに与えられるコマは同程度の能力を持っているのだろう。あとはプレイヤーが使いやすいか、その能力を引き出せるかの違いくらいではないだろうか。特性をもっていればのはなしである。もしかしたら、ランダムなのは色や外観だけかもしれない。
 それより何より、一番大事なのはこの学園流という話だ。この学園で催されるイベントというイベントが、ルールに反していなければ、邪魔上等、戦闘上等というものである。つまり、事細かに説明されることのなかった巨大エスゴロクのルールに反してさえいなければやりたい放題なのだ。
「早よ終わらせたい……」
 こんな面倒そうで何が起こるかわからないことに強制参加させられている時点で、ため息とともに呟くのも許されるだろう。
 俺が早く終わらせたい気持ちを知って知らずか、風紀副委員長はせり上がる床でちょっとはしゃいで上機嫌だ。俺や副会長より高い位置からエスゴロクの全体を眺めて楽しそうな様子は、特等席で見物させてもらうといった様子でもある。つまるところ、高みの見物というやつだ。
「では、副委員長もきましたので、はじめさせてもらいます」
 赤眼鏡がそういうと、俺と副会長の前にホログラムのコマが表示される。
 それがこのエスゴロクの開始の合図だった。
 見物客は開始の合図とコマを見て、大盛り上がりだ。無意味な指笛やなんといっているかわからぬ声や悲鳴、コマに対する不満の声すらも上がった。
「俺も文句言いたい……」
 俺もコマを見た瞬間から、見物客と一緒になってコマに対する不満の声を上げる。
 見物客はそのコマが暗殺者の姿をしていたから、俺を優遇しているのではないかという不満を口に出した。俺はそれがどう見ても、最近したくもない求愛をしてしまった暗殺者に見えたからよりにもよってという気持ちになったのだ。不満といっても気持ちは一緒ではなかった。
「これはまた……」
 向かい側にいる副会長も同じような気分なのだろう。副会長の前に居るのは、反則狙撃だ。副会長にしてみれば、よりにもよって不名誉極まりない反則野郎とは……といったところだろう。
 あんなものが副会長の前に出たものだから、おかげで俺は平静を保つのに気力をふりしぼらざるを得なくなった。
「コマは変装後に人気の方々から選ばれたそうなので、お静かに!」
 見物客に説明する赤眼鏡に、俺も文句が言いたくて仕方ない。
 そんな文句ばかり言いたい俺と違って、副会長は前向きなのか、反則狙撃の動作を確認していた。飛んだり跳ねたり左手を上げて右手を胸の前に、左足を曲げで浮かし、右足を少し曲げる……と、自由自在だ。俺の変装後の姿でおかしなことをしないで貰いたいものである。
 俺もその様子を見て、暗殺者を動かす。コンソールで反則狙撃のようにうまく動かすことができるのだが、それには複雑な指示をこちらが打ち込まなければならない。副会長は魔法機械都市でも高いスペックを誇っていたのだろう。
「とにかく、お二人とも、はじめてください! 隅の方にあるボタンを押すとサイコロが振られますので!」
 見物客を静めようと必死になっている赤眼鏡が叫ぶ。
 そこでようやく俺も副会長も、はっとして、おそらく同時に赤眼鏡のいうボタンを押した。
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