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会長のことはまるで忘れたかのように、叶丞は自ら話さなくなった。
本人は話さなくなったが、周りが話題を出せば当たり障り無い回答をする。
忘れたわけではない、しかし、まだ自ら話すには躊躇いがあるのか、それとも気持ちが本当に切り替わり、話題に出さないだけなのか。
そのあたりが少々、解りにくいのが叶丞らしい。
恋愛には重きを置いていないというのは本人も認めるところで、会長を好きだと言うまえからそのスタンスは変わらない。
先日の事件が例外だったのだ。
叶丞はあとから自らの気持ちの重たさを知ったようだが、それさえも叶丞の物事の基準点を崩すに足りない。
近くに問題があるのなら、その問題に引っ張られもするようだが、もし、これが会長と会うこともなくなったあとで気がついた事だったとしたら、叶丞は『あーあ』と言って笑うだけのことだったに違いない。
あれは、本当に重なったものが宜しくなかったのだ。
俺は、これでいて叶丞には感謝している。
…親友と言えるほどの友人であること、相棒という位置にいてくれること。
青磁とは違った意味で唯一無二の存在だ。
だからこそ、気に入らないのだ。
本人にとって、深く、刷り込まれるように根がはったコンプレックスで、身動きがとれずとも、その程度で、しかも重要度の低い感情で親友を怒らせる存在が気に入らないのだ。
その人間が、俺の方がコンプレックスを感じるような人間であるのが、更に俺の気を悪くさせた。
つまりは、嫉妬だの僻みだのという個人的な感情が絡んだ、何とも狭量な話だ。
もとより、狭い世界を生きているような人間なのだ。
魔法というものだけに縛られて、それを使うことだけに執着して、そうしてここまできた俺に、他の物事に傾ける余裕はあまりない。
少ない余裕さえ、俺の駄犬と親友たちと、数少ない友人に向けてしまったのであれば、俺が温情と言えるようなものが残せるわけがないのだ。
数少ない余裕のひとつは、たぶん誰より親友を好きな友人にやった。
友人は、叶丞をおもい、弟を思い、身をひいたのではない。
適わない…叶わないといってもいい。
そう思って、諦めたのだ。
恐らく、自らではどうしようもないことに対する諦めを、知っているのだ。
俺と同じように、友人…一織は、知っているのだ。
どうしようもない。それは体質や、生まれ持った限界だけではなく、人の感情にも適用されること。
俺にとっては諦らめることなんて、魔法以外ではよくあることで、まず最初に自分自身の限界を見つけて諦めた。
一部の人間関係も、いつの間にか、諦めた。
諦められなかったのはいつも、魔法だけだった。
それにもかかわらず、諦めた一部が、俺の手にはある。
もしも、一織が諦めないなら。
それでも、叶丞が『あーあ』以外の感情でものを見るなら。
俺は、一織や…十織にも手を貸そうと思ったのだ。
そう、優先順位は付けさせてもらったが、十織も、俺の友人なのだから当然だろう?
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