「『暗殺者』として参加する企画はないし、これは本来下っ端がやる仕事だそうだから、威嚇も含めてこの変装のままにしてある」
「問題起こしたらわかってるな、と?」
「そうだ」
問題を起こしたら、風紀委員会も黙ってはいない。
今回風紀委員会も文化祭実行委員会と同じように、皆一様の姿に変装をしているらしい。
両方とも揃ったら異様な光景に違いない。
「じゃあ、こんなところで話し込んでていいのか?」
「ここが最後だったからな。大方予定時刻通りだ。安心した。…ま、そろそろ行くが」
そう語る暗殺者の表情は変わらないため、安心しているようには見えない。
実は心配自体もしていないのだと思う。
「ところで」
これが本題だと言わんばかりに、暗殺者は俺に向かって笑顔を向けた。
変装後の暗殺者の顔があまり好きではない一織は、よく眉間に皺を寄せているため、その笑顔は普通ではなかったし、副会長スマイルを思い出させ、なにやら背中が寒くなる思いがする。
「焦点とは、仲がいいんだな」
俺はその笑顔に少し気後れしていたのか、一織のいうことが少しの間理解し兼ねた。それがどうしたんだという気持ちもあった。
「ああ、そうだが。なんだ…?」
「いや」
首を軽く振ったあと、無感動に『ふうん』と呟いた暗殺者は少しつまらなさそうにも見えた。
「じゃあ、またな?」
「ああ、また」
この時俺はこの、またなというのはコンビ戦闘の時のことをいっているのだと思っていた。
だから、こうして文化祭が始まり、覗き込んだ銃のスコープに収まっている暗殺者の姿にはやられた!という気分であったし、まさか俺が殺人犯に追いかけられる被害者になろうとは思いもよらなかったのだ。
気配を消して、ため息すらつけない。
銃選択のイベントでの俺の役割は快楽殺人を行う殺人犯だ。廃屋にやってきた人間を一人、また一人と影から射撃するという役割で、屋敷に何人かになって入ってきたグループに向かってそれらしいセリフを屋敷内に流し、変質者っぷりを出すという演出もしてある。
最終的には俺が廃墟から離脱させられれば終了のゲームなのだが、相手が暗殺者となると俺は、殺人犯に怯える被害者も同然だった。
見事に銃弾を避け、スコープ越しにこちらを睨みつけ、さらには気配すら消される。
俺は俺のいる廃墟にきた客にもれなく狙われる立場なのだが、これほどの緊張感と焦りをうむのに成功しているのは今のところ、ゲーム参加者では一織だけである。
それでも最初は順調に他の客のグループと同じように、一人、また一人と撃っていたのだ。
一織が残ってからが、酷かった。弾は、気がついていましたとばかりによけられるし、そんな所にいたのかというところから出没してくれるし、本当に、俺の肝は冷えっぱなしだ。
この追い詰められる感じを他の客は味わっていたのかと思うと、なんだか可哀想になりもした。
ただ、こういった広いといえども家という建物で、決まった形や配置をしていない場所での追いかけっこは初めてであったため、軍配は俺に上がった。
そう、屋根裏や隠し部屋の配置まで知っている運営側の人間の俺の方が、最初から有利であるのだ。
それをここまでの恐怖に陥れてしまうのは、さすがの一織である。
俺に撃たれる時、間に合わないと気がついたのか、いやに腹立たしそうな顔をして離脱していったのが少々怖いところである。
そんなこんなで俺と一戦交えるようなことをした一織は、他の参加者同様、俺がいた建物の外に転送されていた。
俺は一織がまじっていたグループがいなくなると休憩であったため、建物の裏口から出て行くと、偶然他の建物から出てきた焦点と出会うことになった。
「先輩も休憩ですか?」
手を振ってくれたので、声を張り上げてそう言うと、答えてくれる。
「そう!飯一緒食うかって誘いたいとこだが、カミさん怖そうだし、やめとく」
カミさんって誰だよと思いつつ、先輩が意味ありげに見ていた俺の後ろを振り返る。
そこには気配を完全にシャットアウトしている暗殺者が立っていた。
純粋にぞっとした。
これがカミさんとか、怖くて夜も眠れない。
「……焦点と、仲、いいんだな」
「……それ、始まる前にも言ってたな」
本当につまらなさそうな顔をしていうものだから、俺が少しからかいたくなっても仕方がない。
「嫉妬でもしたのか?」
本当に、軽い冗談のつもりだった。
「……当たり前だろう。馬鹿か、お前」
今日も軽く馬鹿にされてしまったが、思わぬ言葉と態度に俺は、あっけにとられてしまった。
そう、軽い冗談のつもりだったから、一織もいつも通り軽く流して冗談を言ってくると思っていたのだ。
また、相思相愛だからなとか、しれっとした様子で、返してくれると思っていたのだ。
少しバツ悪そうにそんな言葉が返ってくるとは、まったく思わなかった。
「ああ…、うん、馬鹿かも」
ポロっとこぼした俺に、一織が不機嫌そうな顔をした。
「八つ当たりだから、お前が認めるな」
その様子に、俺は少し笑った。
反則狙撃の姿であったため、大変かっこいい笑みがこぼれたに違いないが、一織は眉間の皺を濃くした。
「いや、本当に、好かれているんだなと、思って」
好きだと言われたことは一度もないが、態度や言葉で好意を知っていた。
けれど、ここまであからさまに、自然になんとなく出してくるのは初めてのことだったから、そこまで実感することがなかった。
一織はしばらくの間、俺を凝視して、うなったあと、こういった。
「思い知れ」
俺はまたしても笑ってしまった。