デジャヴ
こーくんとみーさんと遭遇するという事件はあったものの、無事、大盛況のまま幕を下ろした文化祭一日目。
二日目の今日、俺は銃選択の出し物はお休み。
他の有名人たちが廃屋でゲームをしている。
それを冷やかしに行ってもいいし、この無駄に広い学園の文化祭をふらついても一日が簡単に潰れるはずだ。
それに七日もあるのだし、一日二日、いや、三日四日身体を休めたってバチは当たらない。
そう思っていた。
そう思っていたからこそ、俺はいつもより少し遅めに起き、部屋で愛用の銃を磨いて、銃器のカタログを見てのんびりとしていた。
そろそろ腹が減ったと思い、学祭の出店に行くか否かを悩んだ末に食堂に行ったのは、昼飯時を少しすぎたくらいだった。
いつもどおり食堂の大画面は騒がしく、本日の学内ニュースや学祭の予定、学祭の出店の宣伝などで忙しい。
俺はその大画面を眺め、ポカンと口を開いた。
友人たちがいたら、あまりの間抜け面に数日間は思い出し笑いをされてしまうものだったに違いない。
幸いにも一番身近にいる意地の悪い相方は学祭の特別公演に来ている魔術師の話を聞くべく傍にいないし、最近よく飯を一緒に食べている友人も生徒会の仕事をしている。他のメンツに至っては、休みこそ、たまに一緒になるが、授業でもない限りなかなか遭遇しない。相方のワンコは別であるが、それこそ、相方がいないとなかなか会わないし、近頃、相方が色々フリーダムなため、余計に会うことがない。
だから、俺は一人でデカデカと画面に映されたニュースに口を開けていられたのだ。
「焔術師対謎の来客……どうみても、こーくんやん…」
焔術師の顔写真と並ぶこーくんの顔写真。
デカデカと踊った字の下にトーナメントは参加者多数のため拡大、一般参加の部は本日午後開催とあった。
一般参加の部なんてものは昨日の祭りが終わった時点でなかったはずだ。
誰が無理矢理その枠を作ったのか、そして面白がって煽ったのか。
こーくんの名前が出た時点で明らかである。
頭が痛む気がして、俺はトレーにのせてある昼飯に目を向けた。
海鮮オムライスの登頂にちょこんとのったグリンピースと目があった気がして、俺はスプーンでグリンピースを転がし、オムライスの端と一緒にそれをスプーンですくった。
「あ、珍しいもの食べてる。どうしたのかな、それ」
「なんや出店も遠いところからきとるもの好きがおるらしぃて、そこから仕入れたらしわ」
「そうなんだ。これってホワイトボードの海鮮ってやつだよね。僕は海ってまだいったことないし、海のものって食べたことないんだけど…」
「魔機は新しもの好きやさかい、養殖とかいけすとかは…って、美化委員長やないですかい」
美化委員長は穏やかな笑みを浮かべたまま、片手で優雅にトレーをもち、もう片方の手で俺のオムライスにスプーンを入れた。
恐らくオムライスにあまり入っていないだろうタコとエビがのったスプーン先は、簡単に美化委員長こと人形使いの口の中に入っていった。
「この固めのは?」
「たぶんタコ」
「このブチブチってするのは?」
「たぶんエビ」
人形使いはしばらく口内に入ったオムライスを堪能した後、俺の隣にトレーを置いた。
「うん、美味しいね」
「ああ、うん、それはようござんした」
常に気配をおっているわけではないし、気をはっているわけでもない。
しかも驚いて呆然としているところにやってきた人物が誰であるかなんて気にすることはない。
殺気でもしない限り。
「はい、代わりにトリカラ」
「あ、あざーす」
良平なら知らん顔してもう一口食べているだろうが、人形使いはこのあたりが心優しいと思う。
それとも、この態度を心優しいと思っている俺は既に、基準値が低くなっているのだろうか。
俺は皿の端に置かれた鶏の唐揚げをしげしげと見つめた。
「うん、ねぇ、もう会長とか副会長とか絡まれ放題なんだし、僕との距離は開ける必要ないと思わない?」
なんの口説き文句だこの野郎と思いながら、俺は軽く頷いた。
「まぁ、ないなぁ…せやったら、美化委員長」
「和灯(かずひ)でいいよ」
「和灯。有名な魔術師の講演会いかんのかい?」
和灯は俺の隣の席に座り、画面を確認したあと、スプーンを持ち直した。
和灯のトレーにのったのは、学祭限定お祭り騒ぎ定食という名のお子様ランチだった。
「行かないよ。僕の興味の範囲ではなかったし、僕は魔法使いになりたいわけではないからね」
良平が聞いたら歯噛みしそうな言葉だ。
人形使い……和灯は資質が十分あるだけに、余計に良平をキリキリさせる言葉である。
「じゃあ、なんになりたいん?」
「人形使い」
「いや、それは」
「んー…僕は糸を繰ることより、魔術に優れていたから、魔術を使って人形を動かしているわけだけど…」
「ああ、普通の人形使いな。……もしかして、商業都市の方の出なん?」
和灯が頷いたあと、首を傾げた。
商業都市には職人街がある。
商業都市が利益のために、うまく騙して職人を住まわせたとも職人たちが材料を買い付けるために近くに集ったとも言われている。
和灯の言うところの人形使いは技芸の人形使いだ。けして人と戦うための手段ではない。
人形を作るのは職人の仕事で、その職人街には技芸を生業とする人間も住んでいた。
「うーんー…一応、商業都市出身なんだけど…移動式の技芸団所属、なんだよねぇ…」
「あー…」
移動式の技芸団は年がら年中移動している。
街から街へ、村から村へ、都市から都市へ、国から国へ。それはもう、忙しない。
「だから、出身かなくらいの感じ。今は人形を操るためにも勉強に出てるだけでね」
「なるほど、卒業後は技芸団に戻るん?」
「そのつもりだよ」
そんな話を和灯がケチャップライスにスプーンを入れた。
ふと、大画面を見上げると食堂をきてからの一番最初に与えられた衝撃が、大画面にパッと映された。
「もう始まったんやなぁ…」
「あ、ホントだ。あの一般参加の人、会長と戦うとか可愛そう」
「いや、会長のが……」
大画面を二人して見上げていた時だった。
俺と和灯は、椅子ごと森の中に投げ出された。
「………デジャヴ…」
和灯のつぶやきに俺もそれを感じずにはいられなかった。