「これってぇ…やっぱり僕の課題かなぁ……」
人形使いが呟いた。
和灯のわりと落ち着いた声が、すっかり人形使いの少し高いくらいの声にかわり、語尾をのばす。
「そうだな、たぶんな。俺が巻き込まれてるのが意味わからないがな」
文化祭が、いつもとは違うのに一週間もあると聞いたときは、生徒会は何を考えているのかわからないと思ったものだが、生徒会というよりも学園側の都合だったのかもしれない。
こうやってスプーンをもったまま椅子ごと森の中に現れてみて、はじめて思った。
「このぉ…椅子ごとまるっと転送された感じがぁ…追求ってかんじするー」
追求は研究者だ。細かい指定は焔術師以上に得意ではない。
「スプーンはしかたないだろうな。猟奇じゃあるまい、そこまで細かくしていたら、指が別空間にのこされかねない」
しかし、スプーンを持ったまま椅子と一緒に転送されたら、俺も人形使いもたまったものではない。
しかも、地面に着地した状態で移動したわけじゃない。
少し浮いた状態で転送されたものだから、椅子は倒れなかったものの、したたかに椅子に尻をぶつけて、二人とも何も言わなかったものの、それなりに尻が痛い。
「僕の課題ならぁ…反則くんの力は、あてにできないのかなぁ」
「だろうな。俺に対しても何らかの課題であるっていうんなら…俺もなにかしなければならないんだろうが…」
人形使いだけの課題なのか、そうでないのかは俺にはまだ解らない。
学園側はいつも唐突で、秘密主義である。
「あー…あのお子様ランチぃ…微妙に高かったのにぃ」
「ケチャップライスのくせに高いとは…」
「手間の問題かなぁ…冷凍一切なしだってぇ」
俺は頷いたあと、スプーンの上に乗っていたオムライスを食い、スプーンをズボンのポケットに詰めた。
「とりあえず、何が起こってもいいようにできることの確認でもするか」
「そうだねぇ…今のうちのしとこうかぁ」
人形使いもケチャップライスを口の中におさめると、スプーンをパーカーのポケットの中に入れていた。
俺は休暇気分だったし、人形使いもそうだったのだろう。
二人して私服のままであり、また、容姿のみが変化させられていた。
「特別指定かぁ、何かぁ…アイテムなしでも使えるなら、普段からそうしてくれたら面倒ないのにぃ」
「複数人は流石に負担が大きいからこその補助アイテムだろ。たかだか十数人かえるくらいなら、大丈夫ってだけだろう」
俺はデザインの問題でやたら付けられているズボンのポケットを探る。ハンドガンが一つ。
魔法石すら携帯していなかった。
ちょっとまえに先輩方に使ってしまったが、さすがにいざと言う時のために数個は残している。だが、一つも携帯していないとはさすがに色々ゆるみ過ぎである。
「悪い、もし俺が何か手伝いができても、役に立たないかもしれない」
一応魔法は石がなくとも使えるのだが、召喚のために使うと視点を増やすことなどはできない。
良平よりも力の量は少ないのだ。
「僕の課題ならぁ…気にしなくていいよぉ。ていうか、反則くんって、戦闘力も結構なものだと思うけど、探知力となんていうか…」
俺は素晴らしい速さで近づいてくるいくつかの気配を察知し、人差し指を立てる。
「寄る?」
俺の意図したことを察してくれた人形使いは声を潜めて、俺に聞いてくれた。
気配は俺と人形使いのいるところとは少しずれたところに向かっている。俺は首を横に振った。
俺は気配だけを殺す。
他の気配を追う。
よんだことのある気配ばかりがこちらに向かって疾走してくる。
「結界張ってもらえるか」
「わかったぁ」
丁度、人形使いが結界を張ってくれたと同時に、俺たちがいる場所から五、六歩離れた場所が火の海となった。
「焔術師かなぁ…」
「気配からして、焔術師だろうな。あと何人かチョロチョロしてるな」
「これぇ…森火事じゃなぁい?」
「そうだな…」
確かに、すっかり森は火事となっていた。
「消化活動とかぁ…したら、バレちゃうっていうかぁ…どこまで何やっていいものかわかんないよねぇ」
悩む間もなく、急に水が大量に落とされた。
土砂降りや大雨といった表現は生ぬるい。
もしも森が灰皿だとしたら、そこにコップで水をあふれるのもお構いなしにかけられたような感じだったのだ。
「ええとぉ…今度はながされそうだねぇ…」
俺と人形使いは、ある意味なすすべもない。
「そうだな。この水はたぶん…」
俺が推測を言い切る前に、この場を水浸しにした張本人が何かにのって駆けてきた。
「やぁ!お二人さん、おでぇいとかな?」
「ああ、うん、なんかもう、それでいい」
「え、よくないよぉ。そんなことしたら、ボク、死んじゃうよぉ。背後からザックリだよぉ」
誰がそんなことをするのだというのは、きかない。
その背後からザックリあたりで誰であるのかは想像ができた。実際のところ、その誰かはいくら腹がたっても、そこまで短絡的にことを進めることはない。
ある程度防がれることを前提として、やることはあっても、だ。
「そういう109番こそ、誰かとランデブーなのぉ?」
「そうだったら良かったね。僕は好きで好きでたっまんないんだけど、逃げるからさぁ…」
そう言う割には、109番こと千想さんの方が逃げているように見えた。
千想さんの前を行く人間は、一人もいない。
「あ、そろそろ、第二?くるよ。あのメデタイ虫野郎が煽って煽って」
メデタイ虫野郎というのは、気配から察するに、こーくんのことなのだが、千想さん曰く、煽っている割にはこーくんの気配は頑として動かない。
第二撃は、先ほどの森火事と同じように、水浸しになったこのあたりの水分を飛ばし、再び森火事を起こした。
千想さんは何かにのったまま結界をはり、人形使いは同じ場所に結界をもう一つ作った。
今度は先ほどよりも範囲が広い。
「なんか、攻撃が短調だねぇ…」
「そうだな。まぁ…とにかく、ここにいても仕方ない。丸焼けになる前に移動するか」
二人が頷いた。
なんだか、千想さんもついてくることになっていることに、俺は、心の中でため息をついた。
この人はなぜここに来たのだろう。
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