「本当にぃ…僕って、何すればいいんだろぉ」
人形使いがしみじみと呟くのも仕方ない。
これが課題なら、派手にドンパチしている二人を無視するものどうかと思え、俺達は二人の邪魔にならぬようにこーくんと焔術師を見学していた。
何故かついてきた千想さんも一緒にただ、見学をしている。
千想さんがここに居るのは明らかに怪しいのだが、何かする様子を見せないので、俺は黙っていた。
「おお、燃える燃える」
楽しそうに焔術師の魔法を眺めている千想さんは、たぶん課題なんだろうと思う。
特に敵意もないから、課題を出される覚えもない俺は何も言わない心づもりである。
そうやって、俺が黙って事の成り行きに身を任せている間にも、焔術師とこーくんの戦いは白熱していた。
こーくんが近距離に持ち込んだのか、最初から近距離にいたのか、二人の戦闘は近距離で行われていた。
焔術師は、広範囲の火系魔術を得意とするし、俺は俺で遠距離からの攻撃を得意とするため、近距離で戦闘をしているのをあまり見たことがない。
もちろん、トピックスでたまにみかけることもあるのだが、焔術師本人も近距離で魔法などを使うことがあまりないのか、そんな映像を拝むことはなかなかできない。もとより、魔法自体が遠距離から使うことに特化している。良平みたいなタイプは特例なのだ。
「出力の無駄出しだねぇ…」
「そうだな、焔術師は力の量をセーブする必要がないから…」
それは焔術師の強みであり、弱点だ。
力押しできてしまうから、工夫が見られない。小細工は必要ないのかもしれないが、その分、細かいことに気が回らないし、力の配分が不得意である。
「あ、でも、魔術式が重なってるよ」
俺は次々と焔術師の足元に重なっていく魔術式を読みながら、一つ頷く。
重なることで段々複雑になる魔術は、あるひとつの式になろうとしている。
「式の上乗せ、か」
「猟奇くんにぃ、影響うけたのかなぁ?」
良平はムダを省くため、式の構築を早めているうえに、省略できる部分を除く。最初から完成された式をいくつも重ねた状態で同時展開ができる。
焔術師は力の量こそ多いものの、良平のような早出しはできない。
だが、時間をかければ良平と同じ効果が見込める魔法を使うことができる。焔術師はそれを良平のように処理を早める、省くことはせず、簡単な魔術式を発動させ式の一部をとどめることで、牽制したり式を作ったりしているようだ。
焔術師の足元に出来上がっていく魔術式を牽制されながら見ていたらしい。こーくんがニヤリと笑った。
実はこーくんは、魔法武器である槍を使っているし魔法機械を使っているが、普通の魔法使いたちより、それこそ、焔術師くらい魔法を使う素質と力を持つ。
本人は魔術も法術も学んでいるが、魔法機械の研究に勤しんでおり、魔法を使おうとしない。
けれど、学び、研究しているだけあって、魔法使い達にどう対応すればいいのかを心得ていた。
今は、おそらく魔法石にいれた魔術式で結界を展開している。
魔法石は俺のように、式をいれて、力を足すために使うこともできるのだが、単純に魔術式などを入れて維持することもできる。こーくんは俺のように力が足りないわけではないので、魔術式を構築する手間を石にしてもらっているのだ。
「おもしろそうやん」
こーくんの口が小さく動いた。
火の海の中、こーくんは余裕綽々な様子で焔術師の攻撃を待っていた。
「やっぱ、これは焔術師くんの負けかな?」
「そうだな」
「え、焔術師ぃ…負けるのぉ?」
信じられないという顔で、人形使いがこちらを見た。
俺は焔術師の奥の手が、今、重ねている式だけだとは思わない。
けれど、それ以上にこーくんという人のいやらしさを知っている。
「あれには、ボクも負けてねぇえ…」
「109番がぁ?うわあ…どういうひとなの、あのひとぉ…」
「反則狙撃くんの幼馴染だよ」
驚いていた人形使いが、一度俺を見た。
何か残念なものを見るような目だった。
「そっかぁ…それなら、仕方ないねぇ」
「いや、何に納得したんだ。何に」
まさか、これが正真正銘の兄だといったら、俺を見ることもなく焔術師の無事とか祈ったりするんだろうか。
いや、俺は相手を負かすことはあっても、無体を働くようなことは今まで一度もなかったはずだ。
ならば、反応はこれと同じだろうか。
くだらないことを考えている間に、焔術師の式は完成する。
焔術師が作った術式はくるくると円を描き、炎を巻き上げた。
「火系は派手だねぇえ」
頭上まで炎の塊が巻き上がると、炎はそのままくるくるとまわり、火の雨をふらせた。
「派手な上に、無駄かもぉ…」
森火事も大変な有様になってきたのだが、そんなことはお構いなしに焔術師の魔法は周りに被害を及ぼし続けた。
「でも、寿はニヤニヤしたままだよ。ここはどうみるの、反則くん」
「解説者扱いか?……焔術師の魔術式がまだ残ってるだろ」
「あー、見てなかったぁ」
魔術式はくるくると回転しながら場に散らばる。
今まで焔術師が使ってきた出力こそあるが、大技な術が研ぎ澄まされ、重ねた術式よりも少ない数で色々な場所で留まる。
「三段階変化か」
俺が感想を漏らすと同時に、焔術師が何か呟いた。
照準と口が動いたように見えた。それがもし、こーくんに向けられたものなら、その照準は、甘い。