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「反則くんは、俺が巻き込んでもらったんだにぁ」
叶ちゃんの嫌そうな顔に、俺は思わず笑いそうになった。
嫌な予感がしているのだろう。
叶ちゃんの嫌な予感は大なり小なり、よく当たる。
俺は、その叶ちゃんの嫌な予感を運んできた。本当は、俺としてはその嫌な予感の元を運びたくなかったのだけれど、俺も叶ちゃんもそんなに自由にフラフラしていいものでもないし、そうする必要も感じていない。
特に不自由とかしているわけではないし、何か諦めるとかそういうことでもないから、俺も叶ちゃんもその嫌な予感に従っている。
「ちょーっと反則くんに言わなきゃならないことがあってにぁ」
「……契約なら、春くらいに更新だろ」
「んーそれじゃなくて、都市から」
叶ちゃんがサングラス越しからわかるくらい不機嫌そうな顔をした。
「近くに誰かいたりするかにぁ?」
「気配、読んだ限りじゃ不自然なほど誰もいない。フラフラしてくるって言ってたやつもいない……学園には筒抜けだろうが」
「じゃ、問題ないにぁ。学園の連中には聞かせておけばいいんだに。反則狙撃と親しい人が聞いてたら……ちょっと可哀想かなってくらいだにぁ」
叶ちゃんが更に不機嫌になった。
叶ちゃんは、都市側のいうこともやることも解っているし、俺と同じで自分自身にかかる都市側の枷をなんとも思わない。けれど、俺と同じで、他の人間にかかる都市側の枷があまり好きではない。
「ちゃんと帰ってこいって?」
「そうだにぁ。反則くんはレアケースだからにぁ」
「そんなこと言わせるために、貴重な研究者外にだすか」
「そんなと言われてもにぁ」
魔法機械都市は魔法と機械を研究するために出来上がった都市だ。
都市まるごとが研究機関といって相違ない。
だから、都市から優秀な研究者を出すことを嫌がるし、他の場所への移住なんてものを認めようとしない。
お陰さまで、俺は監視役がいなければ自由に旅行できないし、都市に人質を置かなければ都市から長期離れることもできない。
「普通なのに」
「いやぁ…確かに、普通なんだけどねぇ…完全に試験管のみの子供って叶ちゃんが初めてだったからにぁ」
しかも、俺と感覚を奪い合ってうまいことわけあってしまっては、研究者もソワソワしてしまうだろう。
俺や叶ちゃんのような子供は試験管である程度成長させると、誰かの胎内に宿らせ生んでもらうのが普通だった。それをしなかった叶ちゃんは、ちょっと変わった存在だ。
今ではすっかり、それも普通になりつつあるけれど、叶ちゃんはなにせ、初めての完全試験管培養だったため、都市側としては経過を見ておきたいのだ。
「それで、監視者は満さんなんだろ?」
「そうそう」
「だから嫌なんだよ」
「でも、俺は他の人とかもっといやだにぁ。みっちーにはちょっと酷なことしてるけど」
満は俺の都市外に出るための監視者だ。もしも、俺が都市から離れようとしたら、強制的に都市に戻す。もしも、俺が都市に不利益をもたらすようなことをするようなら、その口を強制的に閉める。それが、満の仕事だ。
ゴメンなと柄にもなく謝ると、あらいいのよ。絶対の信頼をおいてくれてるんでしょう?私も信じてるわ。と満は笑った。
「ちゃんと帰る。書面にして送る。寿も、標(しるし)もいるし、他にもいっぱいおいてきてるんだから、帰る」
「ん。好きなだけ、連れて帰ってくるんだにぁ」
俺の言葉に、漸く叶ちゃんが険しい顔をやめた。
「連れて帰ること前提なのか」
「そ。ちゃーんとちゃーんと、場所は用意しとくし。反則くんのハーレムつれてきてにぁ」
叶ちゃんは仕方ないなぁという顔をしたに違いない。サングラスのせいでよく解らないけれど、長年の付き合いで、それはよくわかる。
「じゃあ、俺も準備しておく。……二人は、確実に連れて帰るから、覚悟しておいてくれると嬉しい」
そのふたりが誰なのか、夏に連れて帰ってきたメンツを思い浮かべて、俺は付け加えた。
「家出少年も保護したって」
「あれはもう、少年じゃないだろ、年齢的に」
「いやいやいや、そうなると、俺も少年じゃなくなってしまうんだにぁ!」
「少年じゃないだろうが」
「寿さんは、まだ少年のつもりだにぁ!」
俺が憤慨したフリをすると、叶ちゃんはもう話は終わったといった様子で俺の文句をスルーした。
俺は仕方なくといった様子で、満のように手を二回叩く。
「……少年じゃないから、自分で選ぶだろ」
叶ちゃんの呟きが聞こえたような気がした。