人ごみに混ざり、うまそうな匂いに釣られ、屋台の作る列に混じっていると、知った顔が見えた。
「今日も逃げてるとこか?」
「……ほぼ毎日逃げていてすみませんね」
声をかけると、そいつは微妙な顔をした。
この前から千想さんと追いかけっこをしている舞師だ。
「いや」
俺は軽く首をふって、一歩足を踏み出す。
今並んでいる列は意外と進みが遅い。俺は暇つぶしに舞師を追求する。
「それはいいとして、今日も追いかけられてるのか?」
舞師も首を振った。
「いえ」
今日は追いかけっこをお休みして課題でも出しているのか、それともフェイントでまだ追いかけていないのかはわからないが、舞師が俺と一緒に屋台の作る列に並んでいることから、舞師に余裕が見られる。
「普通に文化祭を楽しみにきました」
「それはまた……お前たちは暇なのか」
暗殺者にしろ、焔術師にしろ、舞師にしろ、生徒会の人間はどうも暇らしい。文化祭になってからというもの、よく見かけるし、接触する。
「お前たちって、ああ、暗殺者や焔術師とかですね?準備と開会と閉会と後片付けだけが忙しいんですよ。あとは実行委員で交代ですからね」
そんなもんなのか…と頷きつつ、俺はまた一歩前に進む。
屋台の人間が交代したのか、人員を増やしたのか、急に客さばきが良くなった。
「あなたは文化祭中のほうが忙しそうですね。アンが、言ってました。ゲーム開催中に討ち取るって」
できればそれはご遠慮したいのだが、暗殺者の執念というものをよく目の当たりにする俺は、ため息をつくしかない。
「……いっそのことお前が追いかけられているのに巻き込まれてくれた方が、気もそぞろになってくれるんだろうか…」
「あと四日もですか?ああ貴方の担当は一日置きでしたっけ?なら、あと二日ですか…そんな都合よく109番も追いかけてきませんよ」
俺は首を傾げる。
毎日追いかけられているのではないのか。
いや、もちろん、履修の関係で追いかけられない日もあるだろうし、今現在も追いかけられていない。
舞師も、『ほぼ毎日』と言っていたことから、毎日追いかけられているわけではないというのもわかる。
わかるが、毎日のように、そう、暇さえあれば追いかけられているイメージがあるのだ。
「暇さえあれば、追いかけられてるんじゃないのか?」
「そうですね、暇さえあれば……となると、昨日今日は暇がなかったってことですね」
俺はもう一度首を傾げた。
昨日は、何か課題を出題するために、千想さんは明らかにおかしな行動をしていた。しかし、一応建前としては『追いかけている』という話になっていた。
建前は建前だ。事実にする必要はないし、あの場に居た人間が納得してもしなくても、とりあえずその場を流せればいい。
けれど、もし、舞師が言っていることが本当だとすれば、あのあからさまに怪しい行動をした千想さんはあれから、舞師を追いかけていないということになる。
現在、授業もなければ、罠を仕掛けているように見え、何もしていない。
暇さえあれば、舞師を追いかけているというが、それもしていない。
では、今、千想さんは何をしているのだというのだろう。
もしかしなくても、『何もしていなくはない』のではないか。
屋台列の最前列。鉄板の上で焼かれる粉物は美味しそうにソースを焦がす。
「……暇じゃ…ない?」
「じゃないですか?」
頷く舞師を見ることなく、俺は鉄板の上を凝視する。
美味しそうではあるのだが、考え事のせいでその光景の良さも半減である。
千想さんが、今、何かをしているのならば、それは課題を出すことだろう。
こーくんやみーさんと同じように、学園から依頼されて、課題を出している。
だが、それならばどうして、こーくんやみーさんのように学園には所属しないまま出題者とならなかったのか。
課題に挑戦する側の油断を誘うためかもしれない。
そうだと仮定して、昨日、何故、課題を人形使いに出さなかったのか。いや、もしかするともう既に出題されているのか。
「面倒だな」
「暇じゃないのがですか?」
「ああ、たぶん、暇じゃないのが」
そう言いつつ、俺は鉄板の向こう側にいる人に金を渡す。かわりに木の上にのった食べ物を二つ受け取り、同じように食べ物を受け取った舞師と一緒に猟奇と早撃ちが居た場所に向かった。
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