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「なんや、気配隠して追いかけるんやめてくれんかいな」
千想が部屋に入ったのを確認したあと、俺に声をかけてくる男に、俺は笑う。
解っていて放って置いたくせに。
「気がついている癖に、知らないふりもやめてもらいたいもんだ」
キョーは廊下に出てきた俺に振り返ったあと、にっこり笑った。
「聞いてもたからには、おひぃさんもなんやしてくれるんやないかなぁ」
「あくまで俺の意見は無視か」
俺はその場に立ち止まったまま、キョーの言葉を待つ。
「いやぁ、たぶんおひぃさん優しいし、そんなねぇ?」
あくまで俺の自発的な行動に任せるといった風だ。
俺は、仕方なく話にのって空とぼけてやることにした。
「仕方ねぇな、俺、優しいし。ちょっと手加減してやるか」
「えー、なんを?」
先ほど、キョーがしたように俺も手を素早く落とす。
「ああ、怖いやつな。せやったら、しっかりリークしてやるんが優しさかもしれひんよ」
千想の行動か、それとも寿の行動か。あるいはその、どちらもか。
「俺にも、お前の状況とやらをリークしてもらいたいもんだなァ?」
有耶無耶にしてくれた話題を蒸し返しながら、俺は部屋に戻るために方向転換し、歩を進める。
「俺繊細やし。リーク言われても、ご本人様やし」
先ほどまで他人に銃口を向けていた人物が言っているとは思い難い言葉だ。
繊細が聞いて呆れる。
「それはそれは……ああ、そうだ。銃」
「はい?」
「ペナルティ出しておくぞ」
「えー……そこは、ひぃの優しさで」
一応副会長という立場だ。発砲する意思がなかったとしても、ルールは守らせなければならない。臨機応変に。
「俺の優しさはさっき尽きた」
「わーすっくない優しさやわぁ」
「俺も繊細なんで、今、傷ついた。よし、しっかり罰則用意してもらえ」
え、ひぃが罰則用意するんやないんかいと、小声でキョーが呟いた。
「会長じゃ手ぬるいな。寮長に頼もう」
「いーやーやー!寮長あかんて!寮長あかん!」
キョーは寮長にはいい思い出がないらしい。
それもそうだ。
寮長はあの協奏である。
キョーは俺の後ろからついて来ながら、一人で騒いでいる。
「俺の優しさとやらにはすがらないのか?」
「さっき尽きたんやろ。それに」
角を曲がろうとしたとき、キョーの足音が止まった。
キョーの部屋は俺の部屋とは階と位置が異なる。
「もう結構優しいしてくれてたみたいやし」
これだから、嫌なんだこの野郎は。
俺は悪態もつけず、振り返ろうとした。
「そうそう、現状な。急に気持ちは変わったりせぇへんけど、知っとるよ」
「へぇ、何を」
「……そこは、秘密な?」
キョーが笑った気配がする。
振り向きたいけれど、振り向けない。
「良平にも、いうとらんし」
だから、この野郎は嫌なんだ、本当に。
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