「首、どうかしたのか?」
首をしきりに触っている舞師を見かけて、ニヤニヤしながら声をかけた、文化祭も折り返しの四日目。
ゲームの実行犯お休みの日は何もしない態度を貫く俺は、またもや昼過ぎまで寝ていた。
参加中のイベントで、偶然見かけた舞師は、こちらを向いて苦笑した。
誰かがちゃんと舞師に手刀を食らわせてくれたらしい。舞師は首を押さえたまま、こちらに振り向いた。
「貴方達がここに居るのは意外ですね」
「いや、おまえらが居る方が珍しいだろ」
昼過ぎまで寝ていた俺を起こした相方が、舞師の隣を確認するように見て、いつもつけている面を額へと押し上げた。
俺と相方の猟奇は、一部の三年生の主催であるイベントに参加していた。
こーくんの様子や千想さんの話から、何かあると解っていてはいるが、この学園の進級に関して言えば、何か余計なことをするとかえって迷惑になってしまう可能性がある。
それもあって俺はダラダラと昼過ぎまで寝させて貰ったのだが、こうして猟奇に叩き起こされてしまった。
猟奇は、なんだか面白そうだからという理由でこのイベントに参加しようと俺を誘ったのだ。
俺はもちろんぐずったし、嫌がった。
主催者の一人に協奏が名を連ねていたのだから当たり前だ。
そんなことはお構いなしなのが、いつもの相方だ。俺の意志など無視して、アヤトリと一緒になってイベント参加受付場所まで引きずってくれた。
一緒になって引きずってくれたアヤトリは、俺が参加受付をさせられるのを見守った後、少し羨ましそうな顔で仕事があるからと、いなくなった。
そんなわけだから、起き抜けにイベント参加を強いられた俺は、友人に情報をふわっとリークするどころか、曖昧に何か言ってみることもしていない。
だが、注意を曖昧に促す程度のことは、優しさが尽きたといってもどこかの誰かがしてくれているだろう。
「身内に甘い」
ぽつりと呟くと、文化祭になってから、あまり行動を共にしていなかった猟奇が、胡乱な顔をした。
「誰が?」
「そう思えば、身内に甘い奴が隣にも居たな」
相方の場合は、他と比べれば甘いだけだし、優先順位がある。
「俺?いや、そんなには甘くはないと」
「かもな。微糖程度か?だが、他の連中に対するものに比べたら随分だぞ」
その辺の自覚はあるらしく、猟奇が頷く。
「そうだな。それ、あるな」
俺達がボソボソと小声で話していると、身内に甘い舞師の相方である暗殺者が口を開いた。
「誰が甘いって?」
「地獄耳め……」
俺が、再びぽつりと呟いた声もしっかり拾ったのだろう。
暗殺者が鼻を鳴らした。
「そうそう、このイベントには景品がでるんだが」
俺は思わず隣に視線を向ける。
「聞いてないが」
「俺は、欲望に正直に生きたい」
君の人生の目標も聞いてないよ、良平くん。
相方への追求はあとにする事にして、俺は暗殺者に向き直る。
「で?」
「勝負といこう」
俺は、すぐ勝負をしたがる暗殺者に首を振る。
「たまには協力もいいだろう」
「たまにではなく、よくしている」
それは確かにそうなのだが、俺は、このイベントに参加する意欲というものが薄い。
こうして強制的に参加させられてしまったこともあるし、なにより、受付で渡された武器が酷かった。
純粋なくじ運で引き渡されたそれは、水鉄砲だった。
俺はその水鉄砲の引き金を引く。
水がボトボトと落ちるばかりで、水鉄砲特有の勢いはまったくない。明らかにハズレだ。
「まぁ……お祭りだから、楽しく仲良く」
そのお祭りでも戦闘ごとを欠かさない学園で言うには、少し白々しい言葉だったかもしれない。
暗殺者は納得していない様子であったが、ふと、何か思いついたらしい。
「そうか、俺と仲良くしたいのか」
間違いではないが、意味深な言い方は止してもらいたいものである。
そうして、俺と猟奇と近々のコンビの四人で迷路を歩いた。
「この迷路、協奏が作ったんだろ」
「たぶんそうだな。あの人こういうの好きだし」
巨大迷路を突っ走れ!それがこの一部の三年生主催のイベント名だ。
巨大な迷路に仕掛けられたありとあらゆる罠をかいくぐり、出口に向かうイベントである。
「罠の上にたまに襲いかかってくる三年生とか……」
「たまにというか、結構な率で……ッ展開」
何気なく出した足が沈む感覚に、思わず自分自身の力を使って結界を張ってしまった。
俺の足とともに落ちるはずだった土は、結界に阻まれそこに留まり、まるで何事もないかのように見える。
俺は足を動かし、つま先で土を横に寄せる。
そこには穴があいていた。
「幅、どれくらいあるか解らないんだが、猟奇、結界張ってもらえるか?」
結界の話をしたはずであるのに、相方は得意の武器化魔法を使い、ムチを作ると、それを振るった。
「あそこまでしかないみたいだから、跳べるだろ」
ムチは綺麗な波を描き、俺が張った小さな結界よりも先に穴を作った。
確かに相方の言うとおり、結界を張るまでもない穴だった。意見には二つ返事で頷くことができるのだが、しかし、俺は簡単に頷けない。
「……なぁ、いやにムチの使いがうまくないか……?」
「ああ、ちょっと、趣味で」
まさか、ワンコといけない遊びをしていないだろうな?
俺は相方に疑惑の視線を向ける。
相方は神様みたいな微笑みを俺に返してくれた。
追求すると恐ろしい目に遭うだろう。
近々のコンビは、二人とも素知らぬ顔で俺と猟奇の後についてきていた。
このやたら薄ら寒く思える笑みを他の二人にも平等に向けてもらえないだろうか。