そうやって罠を踏みつつ、避けつつ、なんとかしつつ迷路を進んでいたのだが、迷路も後少しというところで行き止まりに出会った時だった。
にわかに辺りがざわめき始めた。
「反則」
「なんだ」
「気配」
アヤトリではないのだから、もっと端折らず話して貰いたい。
それでも俺は頷くと、後方から近づいてくる気配を数えた。
「三年生と二年生が二人。三年生は、六人。知り合いは二人。近い方から109番、人形使い。他の三年生と一緒だな」
109番という千想さんを示す番号に、舞師が少し反応した。背中を押したし、話も少ししたというのに、相変わらず情けない。
「あ、俺でも解るくらい近くなったな。早い」
「こっちが行き止まりって知ってるのか?」
猟奇が気配を捕らえたようで、面白そうに、気配がある方向に視線をむけた。
暗殺者は、情けない相方を見なかったふりをして、何か思案するように腕を組んだ。
俺達を阻む土の壁は、そう高くもないが低くもない。壊すことは不可能ではないが、少し手間取るかもしれない。
だから、俺達は壁の前で立ち止まったのだ。
壊すべきか、壊さざるべきか悩んだのだ。
「三年生方が壊してくれるなら、待った方が……」
猟奇が言葉を止めた。何かに気がついたように俺の手前をみる。
「反則、そこからちょっと後ろに下がった方がいい」
俺は少しの頭痛を感じ、猟奇に言われたとおり後方に下がる。
恐らく転送の魔法だ。
「あれ?反則くんをびっくりさせてやろうと思ったのに、猟奇くんって意外と鋭いねぇ」
「まぁ……そういう小手先で誤魔化してきてますからね」
猟奇が見ていたところの地面から少し離れた場に現れたのは協奏だった。
「その小手先がほしい魔法使いがたくさん居るんだけどねぇ」
「俺はそのポンポンポンポン魔法使う、力がほしかったですけど」
「あはは」
「ははは」
寒々しくわざとらしい笑い声が、俺の心胆を寒からしめる。
本日二度目だ。猟奇は何か俺の健康でも損ねたいのだろうか。
何か身体に悪い笑い声だった。
「そうそう、ところで、反則くん。君達は邪魔をするのかな?」
「はい?」
俺は問い返す。
協奏は、俺の返事があろうと無かろうと関係ないのか、もう一度同じで違う言葉を繰り返す。
「君達は邪魔をするのかな」
しないだろうという意が込められた言葉に、妙な圧力を感じて、俺は、少し顔を傾ける。
「法術のそういうところが好きになれない」
ポツリと呟いた猟奇に、協奏はいつも通り楽しそうだ。
どうやら、軽く法術を使われたらしい。
「反則くんって、気を抜いてる時はまったくダメだね。この程度のものにかかっちゃうなんて。暗殺者くんも、舞師くんもかかってないよ?」
「魔法抵抗力は、人にあげたもので」
俺はそう言って、肩を落とすと、これから起こるであろうことを予測しようと、他の気配をしっかり捕らえた。
109番、千想さんはもうすぐこちらに辿りつきそうである。
「で、しっかり魔法をかけない理由は?」
「舞師くんはまだ悩んでるみたいだし、そうなると暗殺者くんは動かないでしょ?で、猟奇くんは邪魔しないって解るからね」
猟奇が成程と、一度頷いた。
協奏の言うとおり、何もする気がないらしい。
そうこうしていると、千想さんを乗せた獣がこちらに駆け込んできた。
「あれ?カッコよくお別れしたのに、こんなところでまた会ったね」
俺がゆるく笑って手を振ると、千想さんは苦笑して俺達にではなく、行き止まりとなっている場所に突っ込んでいく。
「協奏、よろしく頼むよ」
「どんとこい。彼の人の前に壁はない。どこまでも広がる一本道を駆けていける」
協奏が言葉を紡ぐと、進行を妨げる壁はあっという間になくなり、その言葉のとおり、千想さんの前には一本の道ができた。
「ありがとう。じゃあ、また会うことがあったら」
「ないと思うけどね」
協奏が手を振って、千想さんを見送る。
この二人は知り合いなのだろう。千想さんは、青磁の元相方であり、舞師の元恋人だ。
二年に編入してきたが、三年生と同じ学年にいたことがあるはずだ。
「かえ…る、んですか……?」
いまいち状況を飲み込めていない舞師が声を漏らした。
散々避けていた癖に、いなくなられるのは、喪失以外のなにものでもない。
そういった雰囲気だ。
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