「そうはさせないからぁー!」
協奏の助けを得て、ただ逃げる千想さんに、ゴーレムに乗った人形使いが迫る。
まるで、舞師を助けるかのようにやってきた人形使いに、舞師の手が武器を掴む。
舞師が持っていたのは、細い剣だ。
受付で舞師が渡された武器はそれらしい。
俺よりよっぽどマシである。
「彼の者を妨げる者に、道は見えず」
協奏の言葉に反応して、再び壁が現れた。それを見て、苦い顔をする人形使いを眺めていると、後ろから、二年生二人に遅れて、三年生がやってきた。
人形使いに飛びかかっていく様子を見ると、どうやら三年生方は千想さんのみかたであるようだ。
「魔法も使える、武器も使える。なら、システムは顕在か」
「だな。どっかの誰かがいじってない限りは」
俺の独り言に答えた猟奇に少し頷いて、俺は、舞師を見る。
「どうする?たぶん、これを逃すともう会えないぞ」
もう会えないと言うと、再び舞師が驚く。しかし、舞師は動かない。
俺は、水鉄砲をズボンの側面でふくと、ポケットに入れた。動かないと言うのなら、なにもしない。
すると、水鉄砲の先端に何かあたった。
俺は、ポケットに何か入れていることが多いため、気にしなかったが、このポケットには、大きなものは入っていなかったはずだ。
水鉄砲の先端が当たって突っ張るほどの、大きなものは、そう、入っていなかったはずなのだ。
「人形使い、苦戦してるな」
すっかり観戦者となっている猟奇の声を聞きながら、俺は、ポケットを探り、水鉄砲が当たったものを見つける。
俺はそれをポケットの中で弄び、猟奇に答えた。
「三年生は有名人でなくとも強いからな」
「……なにもしないでいいのか?」
暗殺者は本当に身内に甘い。たぶん、最後のチャンスだった。
俺は思わず笑ってしまう。
「優しさは、復活したのか?」
「気まぐれにも」
俺と暗殺者が笑い、猟奇が傍観を決め込み、人形使いが必死に戦っている。
舞師はじっと、千想さんが行ってしまった方向を見つめ、剣の柄を握りしめている。
「もう一度言う。なにもしないでいいのか?」
舞師が、剣を抜く。
暗殺者は、しっかりと友人の決意を受け取った。
暗殺者は少し後退し、先程まで立ち止まっていたとは思えないスピードで、壁を駆けあがる。
今まで、壁を守るように、もしくは監視するように立っていた協奏が感嘆の声を上げた。
「すごい、壁走ったよ?」
「三年生にもそういう方いますでしょ?」
「いないことはないけど、この混乱でやらかす人はいないかなぁ。戦う方が好きだよね、うちの学年」
壁を建てた協奏が、壁を蹴り上げあっという間に壁を登って、その上で待機している暗殺者を見て少し嬉しそうに声を弾ませた。
猟奇ではないのだが、二年生の有名人はそういう小細工というか、そういうものが得意というか、ちょっと、芸達者なところがある。
協奏が感心して暗殺者をしげしげと見つめている間にも、暗殺者は止まらない。
「人形使い、あちらの方には今、文化祭実行委員会警備班が配置されている」
「けいびはん…」
暗殺者の声をしっかりときいた人形使いが、ハッと何かに気がついた。
「109番はそれに足止めしてもらうとして、そこな三年生の邪魔をしてやってくれないか」
「わかったぁ」
人形使いは、ゴーレムに乗ったまま、ゴーレムの片腕を前につき出す。
「ロケットパーンチ」
ゴーレムにも男の夢は搭載されているものだ。
唐突に飛んでいく土の拳。
舞師はそれにも目を向けず、そのまま壁に向かって走ってくる。
「彼の」
協奏が口を開いたとき、俺はポケットの中でいじっていたものを、猟奇に渡す。
猟奇はそれを見て首を傾げたが、すぐに理解したのか、それを協奏の顔に向かって投げた。
「も、ぶ…ッ」
投げやりに、適当に放られたものを避けることも受け取ることもできないで、完全に顔で受け止めた協奏の術言が止まった。
その隙を狙い、舞師は一気に駆け抜けると、地面を蹴り上げた。
壁に片足を着地させ、少し、その壁を蹴り、手を伸ばす。
舞師の手は、壁の上で待っていた暗殺者に掴まれ、引っ張り上げられる。
舞師もあっという間に壁を上り、そして、壁の向こう側へと消えた。
「何してくれるのさ」
「俺が邪魔するんじゃなければいいんですよね?」
「俺は邪魔したいんじゃなくて、渡されて、意味わかんなくて投げただけだし」
俺と猟奇を仕方なさげに見てくる協奏は、千想さんが逃げているのを、そこまで真剣に助けていないのだろう。
もう一度法術を使おうとはしなかった。
「ほらほら、君たちがそんな憎らしいことするから、舞師くんが行っちゃったじゃないか」
「そうですね」
協奏が、役目を終えて壁から下りてきた暗殺者が拾い上げたものを確認しながら、俺達を責めるつもりもなく事実を告げた。
俺のポケットの中に入っていたのは、スプーンだった。
先日、強制転送された時に、一緒についてきて、ズボンの中にしまっておいたものだ。
俺は先日履いていたズボンを再び履いていたわけだ。
もちろん消臭は完璧である。洗濯は、たぶん今日する。
そんな猟奇が投げたスプーンは、今、俺ではなく、暗殺者の手の中で弄ばれていた。
「そう思えば、こういうの投げるの得意だったか?」
いつかだったかに、食堂のカトラリーが恐ろしい武器となって飛んできたことを思い出す。
暗殺者は柄とスプーンの丸い部分を指にのせると、少し力を入れたように見えた。
スプーンは見事に首を折る。
「得意ではないが」
スプーンを挟んでいる親指と中指を何度か左右にずらすと、スプーンはその指に張り付いているように動き、やがて、二つになった。
二つの銀色の塊は、暗殺者に放られ二人の三年生の額に二つとも吸い寄せられた。
絶妙なコントロールである。
「不得意でもないな」
額に何が当たったか知らない三年生の気がそれたところで、粉々になったロケットパンチのかけらが三年生に向かって動き出す。
人形使いは細かいものをたくさん、単純に動かすということをすっかり覚えたようだ。
「見た?スプーン折って投げたよ!」
協奏がもはや、敵なのか味方なのかわからないくらい喜んでいる。
「スプーンを折るのは難しくない。てこの原理を使えば簡単にできる」
「たぶん、一連の動作全部を含めて喜んでるんだろ」
暗殺者が、受付で受け取った武器を取り出し、手遊びしながら納得したような顔をした。
暗殺者もこれ以上何かをするつもりはないらしい。
ちなみに、暗殺者が今手に持っているのは四本のペンだった。片手でジャグリングをして遊んでいる。器用だ。
「あとはうまくいくことを願うばかりだな」
「そうだな」
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