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一織の曖昧で要領を得ない、忠告とも言えない話では、今回の進級課題の黒幕扱いにされているのは寿だということだった。
けれど、今、寿は動いていない。
警備班として駆り出されている俺の前にいる男に俺は苦笑する。
「109番、陽動かと思ったら、お前だけか」
「……みんな同じ変装だから、個体がぜんぜんわかんないけど、現場リーダー証とかつけてるのって、たぶん」
「一つ言っておくが、俺は課題のことはどうでもいいし、ましてどこかのカップルの痴話喧嘩にもならない騒動もどうでもいい」
良平さんを巻き込んだことに関しては、ネチネチと執拗に言ってやりたいのだが、良平さんが楽しそうであったので、よしとしよう。
「君ってそんなんじゃなかったよね。もっと、こう、学園でトップとることとか、学園に残ることとか、もっと」
「昔のことはどうでもいい。今は、お前がここを通るために必要な通行証を持っていないことについて言及している」
「変わったけど、変わってないね」
やれやれとため息をついた元相方は、のっていた獣から降りて自らの服を探る仕草をみせた。
「うん、ない。忘れてきた」
「では、通せないな」
「外部の方は簡単に外に出しちゃうじゃない」
「機密を持っていない限りはな。お前は、一応ここの学生で、機密扱いだ」
この学園の生徒はもれなく、皆、機密扱いだ。
ちゃんと退学手続きを踏まなければ、外出許可証が必要なのだ。
つまり、何らかの手続きをとっていなければ、外に出ることもままならない。
「僕がお仕事の契約でここにきたのは知ってる?」
システムに阻害されないということは、その仕事内容を話しても問題はないのだろう。
しかし、俺は、そんなことを聞きたいわけではないし、聞いたところで何かしたいわけではない。
「知っていようがいまいが、関係ない。言っただろう。通行証を持っていないことについて言及している。持っていないのなら通さない」
「無理に通れって、ことだよね?」
主人の意思を汲み取ってか、獣が唸る。
「それも推奨できない。それに」
俺は元相方の千想の後ろを見た。
走ってきているのは、たぶん、ヘタレ野郎だ。
「旦那が迎えに来ている」
「気のせいだよ」
「今度はお前が逃げるのか」
「だって、普通に考えてご覧よ。何かと言っては、僕らはいろんな制限を持って生きている」
都市であるとか、学園であるとか、家であるとか、血筋であるとか。
自由に見えるやつも、勝手気ままに振舞うやつも、こうしてただ、役目を果たそうとしているだけの俺も、それなりに制限を受けている。
「僕は制限を振り切ったつもりだったけど、何処いったって、条件が変わるだけ。それでも振り切れなかった人を、迎えにきたけど、変わってないなら」
答えは変わらないと言いたいのだろうか。
「それは、お前が決めることではない」
息を切らせて、追いかける。
そんなことは昔なかっただろう。
俺にはそれを指摘してやる親切心はない。
まだ、良平さんが楽しそうだったとは言え、腹は立てているのだから。
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