先にたどり着いたメイン会場には、珍しくアヤトリがポツンと一人たっていた。
いや、それは珍しい光景ではなく、俺が見ていないだけでよくあることなのかもしれない。
相方の所業を思い出し、俺は少し目頭が熱くなったような気がした。
「アヤトリ、猟奇の姿でも見に来たか?」
「……否」
心の奥底から本当は主人の姿を見ていたいという声が聞こえてくるような沈黙のあと、アヤトリは会場にある掲示板を指さし、首を振った。
掲示板には、参加が決定したコンビが表示されており、そこに並ぶコンビに、俺は思わず首を捻った。
「カプリースがいるのもおかしいが、どうしてラクシャスが」
「条件」
どうして条件という言葉がここで使われるのかとか、なんの条件であるのかは情報が少ないため判別できない。
しかし、ラクシャスというコンビについていえることが一つあった。
「今日の為だけに、よく許可が下りたな」
「学園の揶揄」
「それはいやらしい揶揄だな。じゃあ、あとで変身したりするのか」
青磁が変身した姿であるアヤトリは、本人の意思に関係なく無口だ。
だが、目を細め首を横に振ってくれたから、俺の呆れ半分の予想は不正解だったようだ。
今の姿のまま戦うらしい。
「迷惑」
ぽつりと呟かれた言葉が、アヤトリがラクシャス、鬼道と神槍のコンビ再結成は、鬼道に……千想さんに巻き込まれたにすぎないと物語っていた。
神槍であったアヤトリは、現在誰ともコンビを組んでいない。それは千想さんが唯一だからというわけではなく、良平に出会ってしまったから、他の人間とコンビを組みたいと思わないという理由からだ。
「猟奇は知っているのか」
「物見遊山」
良平としては、ペットが他の人間とコンビを組んで戦うことは楽しみだという項目になるようだ。
俺は、やはり目頭が熱くなるような気持ちになる。
悲しみが止まらないとはこのことを言うのだろう。
「それにしても、先輩方はお暇なんでしょうね」
掲示板をみて、戦うコンビが12組しかいないということも思うところがある。そう、少ないのだ。
しかし、この学園には七日もの文化祭という、長すぎる祭りにつきあってやる時間があれば就職活動をするか研究や鍛錬に励むという人間が多い。
文化祭参加には特典として単位をつけると教師が言わなければ、参加人数など大したこともなさそうなイベントだ。故に、単位がとれるものはほぼとっているだろう三年生が参加しているのは、きわめて珍しいことだ。
参加は全生徒、一応自由となっていて、三年生主催の迷路は、三年生のドンである協奏が各方面を脅したり、釣ったりして協力させているから成り立っている。
「暇ではないけどね。コンビ戦闘にラクシャスがいるって知って、うちの槍使いが張り切っちゃって」
「……面倒」
「面倒とはなんだ、面倒とは。だいたいお前が隠れていなければもう少し叩きようも……いや、一学年遅らせることもできたというのに、就職先がきまっていてはそれもできない」
トーナメント自体、クイズ大会と間をおかず開催されることもあり、参加者たちは俺が嫌味を言った時に既に集まり出していた。
先輩方、カプリースというコンビである協奏と槍走が俺たちに混じる。
周りも面子が豪華だといって遠巻きにしているようであったが、俺としても、この二人といるならば小さくなりたい。
今はアヤトリであるが、神槍、槍走、そして協奏。一学年上の有名人というのは普段関わりが薄い分、寮の争奪戦が終わるあたりまでは、ちょっとした遠い存在だった。
特に、神槍など、本来なら退学しているし、もういない人間であるのだから、よけいに希少価値ものである。
アヤトリの姿ではあるが、この二人と並ぶとなんだかアヤトリも遠く感じるものだ。
「反則くん大人しいね」
「気のせい」
アヤトリが即座に否定してくれた。何故か友人たちは、俺を過大評価している節があるというか、不名誉極まりない評価をしてくれていることが多々ある。
俺は有な人先輩が集団になっても緊張しないし、ふてぶてしい顔ができると思われているのだ。
ある意味正解であるが、ある意味不正解だ。
俺だって猫を借りてきたくらい大人しくなることがある。
「そうだね、反則くんだしね」
そして、不名誉極まりない評価をしてくれているのは友人だけではなかったらしい。
俺は不満を顔に浮かべたが、その顔をみて、槍走も頷いた。
「そうみたいだな」
「いや、それは」
「見ろ。あれが慎ましやかな態度だ、反則狙撃」
そういって、槍走が顎をしゃくった。
そこには今回、1チームだけの参加となってしまった一年生コンビがいた。
静聴という名の、聴音とまだ無名の一年生の二人のコンビだ。
二人はチラチラとこちらを見ることはあっても、こちらに近づいて来ようとしない。
できることならお近づきになりたい。しかし、先輩方はまだ遠いといったところだろう。
俺もできることなら、あの二人に混ざりたい。
「ではあの二人を見習って」
「その言葉が出てくる時点で、慎ましやかとはほど遠いよねぇ。さ、僕と楽しく、チェスボードでもしよう」
「いや、そんな室内での遊び」
「もちろん、頭の中でうごかすんだよ。準備運動程度に」
チェスボードは指揮官の戦争ごっこだとも、記憶との照らし合わせだとも言われている。
トーナメントをする前から精神的にも疲れるし、頭使って疲れる。とても避けたい遊びだ。
「ご遠慮します」
「よし、僕は赤ね」
「だから」
どうして俺の周りはこんなにも俺の話を聞いてくれない人で溢れているのだろう。