そうはいったものの、涙も出ない。
俺は確認するために再び何度か暗殺者を動かしてみた。暗殺者は身体能力がずば抜けているせいか、反則狙撃のように罠をしかけることは出来ないようだ。
俺が罠をしかけるために必要そうなコマンドをいれてみたものの、暗殺者は罠をしかける気配すらみせない。
「……なんでやねん。だいたい自由にしかけられるんは三つやなかったんかい」
それは文句も口から出て行こうというものだ。
「いや、自由ではないみたいだ。破壊したコマに変わってしかけるという形だし、破壊されて空いたスペースにしかしかけられない」
ならば最初から与えられている自由に罠をしかけられるというものは、マスがなかったところにも仕掛けられるということだろうか。
俺は苦い顔をしながらも、反則狙撃が副会長が出したサイコロの目だけ進んでいるのを見つめた。相変わらず副会長のサイコロは、仕掛けでもあるのかと疑うほど三以上を出さず、そのときは二だ。
反則狙撃の反則さに歯噛みしながら、俺は順番どおりサイコロを転がす。
「コマの特技か……」
呟きながら確信する。どうも、俺はこの勝負に負けたくないようだ。エスゴロクが面白いし、なにより副会長というよりも反則狙撃に負けたくない。普段は自分がやっているだろうことかもしれないが、あまりにも反則狙撃をプログラムした人間の悪意を感じる。腹立たしいとまで思えた。もしかしたら、俺と対峙する人間の大半はこのように感じているのだろうか。そう思うと同情するが、反省などしないし、行動も改めない。だから反則などと皮肉をこめて呼ばれているのだろう。それならそれである意味こちらは願ったり叶ったりである。
「やったら、暗殺者は誰よりも早くできるはずや」
そう、誰よりも早く行動が出来るはずだ。誰かが行動している間に何回かサイコロを振るなどということは造作もないことだろう。しかしそれをしてしまうと、どう見たって反則でずるいだけである。
俺の変装後の姿は反則などと呼ばれているものの、そういったただ非難されるだけの行動をしたことはない。
それに、暗殺者もそういった行動を好まない性質だ。
暗殺者をコマとしているのなら、その性質を汲むとさらに面白いゲームとしてこのエスゴロクを遊べるはずである。
これは決闘だ。しかし、エスゴロクはゲームで、おそらく俺も副会長もエスゴロクをただ楽しんでしまっている。勝敗については二の次とはいわない。副会長だって出来るなら勝ちたいはずだ。二の次になっているのはむしろ決闘の行方である。このエスゴロクに勝てば決闘の勝利者になれるが、そんなものはもうすでに俺も副会長もどうだっていい。だが、俺にしてみれば最初から薄青同盟のことなど名前以外はどうでもよかったし、副会長にしても自分のことだからといっているが拘りないように見えた。最初から決闘などオマケのようなものだったとも思わなくない。
俺がそうして考えている間にも、サイコロは転がり、コマは進む。
普通にしていると三以下しかマスを進むことができない反則狙撃がただ歩いているのは、きっと反則狙撃より進みのいい暗殺者を最後の最後に邪魔をするためだ。なんとなくそう確信して、俺は暗殺者の前にあるマスを数えた。
暗殺者の前にあるマスは、今動かしたので、あと十二マスだ。その中には反則狙撃が壊して罠を仕掛けなおしたマスもある。スタートに戻るなどはまた最後の一マスにされていた。
この時点で副会長が使った罠は二つだ。スタートに戻るとニマス進むである。副会長が自由に仕掛けられるのはあと一つというわけだ。
一方俺は、なんだかんだ一つも罠を仕掛けていない。
俺は最短距離を暗殺者らしく駆け抜けるための計算をして、副会長がサイコロを転がしたタイミングで話しかける。
「このエスゴロク、狭いですね」
「確かに意外とゴールまでが短いな」
副会長も俺と同じようにマスを数えていたのだろう。そんな感想を漏らした。
「それだけ面白いちゅうこともあるんやと思いますよ」
「ちがいない」
そういった副会長は、もう爽やかには見えない。本当に何故かわからないが、心底楽しそうに見える。
「……ほな、もうちょっと体感時間短くしましょか?」