先ほど俺達にはあまり都合が良くないフィールドであったが、今度はこちらが都合のいいフィールドだった。
隠れ放題の廃墟の街。
こういう場所では隠れて狙い撃ちをしてじわじわ追い詰めるのもありだ。
しかし、今回は相手側が俺を見つけられないのをいいことに、開始直後から隠れながら相手に近づく。
仔犬ちゃんは直情型らしいので動きが解りやすい。警戒はしているようだが、俺の気配が解らないことも猟奇の気配がないことの意味もよく解っていないだろう。
結界だけはしっかりと張っている。
俺はサイレンサーをはめた二丁の銃を手に持ったまま、静かに隠れながら歩いていた。
堂々とした姿だが、仔犬ちゃんどころか、仔犬ちゃんの相方すら気がついていない。
仔犬ちゃんの相方は武器科の人間だ。
名前をもらうには何か決め手にかけるといわれている斧使い。
斧というと力技や、武器を破壊する重たさがあると思いがちだが、彼の場合は少し違う。
もちろん、力技も重たさも健在の斧なのだが、その重みを利用し、遠心力で彼自身を動かしている印象があるのだ。
斧を使う人間は、その武器特性故に、身軽さとは無縁そうなところがある。
彼の場合は彼自身に重たさはない。ただし、それは身軽さではなく、まさしく体が軽くて武器に振り回されている印象すらある。
彼の特筆すべき点は振り回されながら使う体術だ。
それは、ある意味武器をうまく利用しているといっていい。
だが、それはすばやさという面に繋がらない。
確かに武器についていくように体が動くのだから、直線に動かされる分には速い。
しかし、ごみごみとした廃墟群の一角で振り回されるのは不向きであるし、回避行動をとるには少し間がある。
武器のとんだ方向へ銃口を向けるだけで俺は負けない。
だからといって、その戦法でいけば確実に勝てるというわけでもない。
自分自身の弱点に気がつけないほど彼は馬鹿ではないのだ。
その弱点を補うために行動した結果、彼は足癖が悪い。
その足癖は、彼の武器である斧よりも彼を有名にした。
俺は物陰から彼を見て、笑う。
「けど、その程度だ」
俺の声は彼に聞こえなかっただろう。
要領は一回戦と同じだ。
それが近いか遠いか、猟奇がいるかいないかの違いでしかない。
ただ、いつもとは違う。
いつもとは違うパターンというのは人に不安を与えるものだ。
残された仔犬ちゃんがいくら頑張って結界を張っていたところで、相方が急にいなくなった不安、俺のいつもとは違う行動に対する違和感。仔犬ちゃんは平常心を保っていられるだろうか。
もしかしたら、憧れの猟奇との戦いに既に平常とは程遠いものかもしれない。だが、それは高揚になってプラスに働く可能性だってある。
その高揚すら、揺さぶられ動じてしまえば、人が使う魔法には簡単に穴があく。
魔術も法術も、人が使っている限り、人が制御している。
精神的な揺れは魔法をうまく使う上で邪魔になることが多い。
イメージが大事だとされている魔法をうまくイメージできなかったり、制御できなかったりしてしまうのだ。
魔法の発動する速度をあげることや、できるだけ簡略化させることを魔法使い達が目標にしているのは、これも理由の一つである。
時間がかかればかかるほど、集中力を要するし、その間に何か精神的な揺れが起こって、魔法が失敗してしまったらたまらないからだ。
今回の仔犬ちゃんの場合、今のところ結界を張っているだけであるし、魔術を展開する時にちょっと邪魔になる程度かもしれない。
しかし、仔犬ちゃんの使っていた結界の魔術は、猟奇が使っているものとは違い、固定型の魔術ではなかった。
結界を張っている限り、仔犬ちゃんの力を食うものだ。つまり、仔犬ちゃんは未だ結界を自ら操作しており、その強度を自ら変えることが可能であるのだ。猟奇のように一度固定し、強化することはできるが弱めることは難しいものではない。仔犬ちゃんは何処からか攻撃されるまで結界を弱めて力を温存しようと思っていたのだろう。それは、俺と猟奇の仕掛けるタイミングや速さについていくにはいい戦法だ。
「残念だな」
俺はライカの引き金を三度引いたあと、フレドの銃口を仔犬ちゃんに向ける。
仔犬ちゃんと仔犬ちゃんの相方は、比較的に近くにいた。
けれど、両者ともに俺に気が付けなかった。
「もう少し、慣れる必要がある」
仔犬ちゃんの精神は大きく揺れていた。
銃弾三発くらいで結界に穴が開いてしまったのは、その現われである。
俺が普段から戦っている、銃弾はじくのは当たり前の連中とは違って可愛いものだ。
俺があけた穴を通り、四発目の銃弾は仔犬ちゃんを簡単に離脱させてくれた。
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