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賭けをしていた。
伊螺が恋人と一緒にいるために、コンビ戦闘を賭けたように、俺と連理も賭けをしていた。
「大丈夫だ。俺がいる」
伊螺は苦笑し、遠くを眺めるばかりで、退学した恋人を追いかけようとしなかった。
それが数年前の出来事だ。
俺は、同じ言葉を繰り返す。
「大丈夫だ。俺がいる」
伊螺は苦笑したが、一言漏らした。
「すまん」
「そうだよ、大丈夫。将牙もそれなりに頼りになるし、君一人がいないくらいね」
連理がオーバーに肩を下げ、やれやれといった調子でペンを置いた。
「それなりってなんだ。全面的に信頼おけよ」
「正直、伊螺より頼りないけどね。昔ほどじゃない」
「おい、だから全面的に頼れよ」
あくまで頷かない連理に、伊螺はやはり心配そうな顔をした。
けれど、伊螺は、もう決めていた。
「俺は千想と行くが、お前は守ってくれよ」
「おう、それが俺の仕事だ」
双子の兄を安心させるためにも、そう言ったが、昔、連理と俺を置いていけなかった伊螺について、連理は言っていた。
『家が決めたことに従って生きる必要はないよ。僕は君や伊螺より自由に生きるよ。もちろん、国に戻る気もない』
連理は、いざとなればどうとでも生きて行くし、この学園で従者を変えて帰国しても問題ないと言った。
この学園にいて、連理が名声を得続ける限り、国も連理の両親も手出ししてこないことを連理は知っていた。
そして、俺も連理はこの学園から出ていかないことを知っていた。
「やれやれ、律儀な兄弟だよ。家のことなんて、なにも気にしなくていいのに」
俺はたとえ連理が学園から出ても、俺のしたいことを選んだ。伊螺は優柔不断だから、連理がこの学園から出ていったり、俺がどこかに行くと言えば、また悩んでしまうことは解っている。
俺も連理も、だから黙っていた。
けれど、伊螺の判断材料となる、連理の発言や身の振り方を教えなかったのは、連理も俺も、伊螺自身に決めさせたかったからだ。
好きな人を追いかけるか、それとも諦めるか。
優柔不断で人に合わせることになれた伊螺に、何かに左右されることなく決めてもらいたかったのだ。
「そうはいくか。名誉、不名誉はいいとしても、後に残った奴が荷物を持つことになる」
「今まで君が相当持ってたと思うんだけどね。いいよ、そろそろ自分のことしなよって話だよ。ごらん、将牙なんて兄の傍らで知らんぷりだよ」
「そうだな……」
呆れたようなため息が落とされる。
双子といえど兄であるから、いつでも伊螺が折れてきた。
だが、弟といえど双子だから、俺はいつでも言ってやれた。
「お前が決めたんなら、俺も知らんぷりなんかしねぇよ」
伊螺は連理を見て、俺を見る。
仕方ないなって笑う。
そんな兄が俺はわりと好きだ。
「では、行くが……もしもがあれば、いつでも言ってくれ。何処にいても、向かう」
「もしもなんてねぇよ」
「そうそう。僕も魔法使いなんて呼ばれてるんだ。さっさと行きなよ」
追い払うように手を振る。
俺と連理が、伊螺を困って呼び出す日なんて永遠にこないだろう。
「じゃあまたな」
俺が言うと、やっぱり伊螺は笑って、背を向けた。
「……将牙も好きにしなよ?」
伊螺が見えなくなって連理が呟く。
「俺は好きにしてるぞ」
それもそうだと、連理が笑った。
賭けをしていた。
もし伊螺が出て行くのならば、俺たちも、自分自身の道を曲げることなく歩くこと。
「それにしても、今回は大損だったよ。カーニバルがあんなにあっさり負けるとは……」
「お前はまた賭けしてたのかよ」
「そうだよ?何せ研究にはお金がいるからね」
ああ、自由だな。